人生に、取り戻しができるものがあれば、取り戻したいもの、
みんな一つや二つはあると思う。
若さだとか、時間だとか、そんなものは、いくら願っても取り戻せないが、
モノなら、取り戻せるの可能性は、あるかもしれない。

取り戻したいもの・その1 「私の永久歯」

soraさんブログで、歯の話題があって、それを読んで思い出した。
あれこれ、もう30年以上の話し。私が20歳だった頃。

小さい頃から、歯科検診で、歯が数本足りないと言われていた。
本人としては、困ることもないし、見てくれも悪くないし、
何の不自由もなく、そう、不自由もなくすくすくと育った。

20歳の頃、下の歯の内側に何か違和感を感じた。
春になったら、何かが生えてきてる。確かに何かが。
初夏になる頃には、5ミリほど出て来て、そして、
とうとう、上の歯の間を押し上げ始めた。

20歳までにそのあたりの歯は全部生えていたので、
隙間などないのだ。
しかし、歯は、そんなことお構いなく、上へ上へと。
どうにもならずに、歯医者へと行った。
歯はいいほうだったので、日頃歯医者にはお世話になっていない。
近所のおばちゃんに聞くと、なんでも○○町の歯医者がいいらしい。

その頃九州の大分の市内に住んでいたのだが、
その歯医者は、ちょっと田舎にあった。
おばちゃんのお勧め歯医者まで、バスを乗り継ぎ行ってみた。
30年前に、レトロだな〜って思ったぐらいの田舎の歯科医院。
今だったら、そこらにあるものをアンティークショップに持ち込んだら、
おそらく、いい値が付くだろうな・・・

さて、そこの歯医者さんは、初老の人のよさそうな歯医者さん。
とりあえず、優しそうな感じにほっとする。
私の歯を見るなり、もうこれは抜かない限り、どうしようもない、
そんな診断を下す。
今だったら、ここで抜くと決めずに、セカンドオピニオンを聞きに行くが、
そのときは、お医者さんの言うことは、絶対に正しいと信じていた。

っていうことで、その場で抜いてもらうことにした。
(警告! これ以後、気の弱い方は、読まないでください!)

麻酔をかけて抜き始めたのはいいのだが、
何せ、5ミリちょっとしか出ていない歯。それも永久歯。
そして、歯と歯の間にある歯なのである。
どうしても、抜けない、イヤ、抜ける状態にないのだ。

どこからどう見ても、歯医者にある道具とは思えないような、
そんな道具が次から次に出てくる。
ペンチやヤットコや、そんなものから、キリみたいなものまで。

小さな頃から、病院は大嫌い。特に歯医者は。
血を見るのが怖くて怖くてたまらない。
ところが、
歯医者さんの白衣に、鮮血がパーッ、パーッと飛び散るのだ。
ギェ〜・・・ 小心者の私は、かなり動揺したが、逃げられない。

看護婦さんが、「先生、お電話が・・・」
「緊急手術、しばらくは、誰とも話しがデキン!」と叫ぶ。
え〜っ、これって手術だったの・・・ウッソー!!!

手をかえ、品をかえ、道具もかえ、手を尽くすがどうにもならない。
そのうち、麻酔が切れてきたのか、猛烈に痛くなっていた。

「ちぇんちぇ〜、歯が、いらい、いらい、いらいぃぃ〜〜〜」と叫ぶ。

「麻酔の用意、急いで!」と、看護婦さんに指示を出すが、
ちょっと、ちょっと、麻酔時間の計算ぐらい、ちゃんとしてよ・・・
次の麻酔を打たれ、やっと痛みは、元に戻る。
もう、全身麻酔でやってもらったらよかった、と後悔。

見ると、先生の白衣は、白に赤の水玉模様だったのが、
もう今は、現代アートのように、赤が塗りたくってある、ではないか。
いったい、私は、どうなるのよ〜。

初老の先生が、全身の力をこめても、歯は抜けない。
突然、先生、はいていたスリッパを脱いだ!
???何すんの???

「失礼!」と言われ、その後、何をしたかというと、
私の太腿に足をかけ、両手に握り締めたペンチにぶら下がるように、
そう、まさに、ぶら下がるように力を込め、
右足は床に踏ん張り、左足は私の太腿に置き、一気に力を入れたのだ。

あまりの力に、私の身体は先生に引きずられそうになった。
「押さえろ!」との先生のゲキで、看護婦二人は、私の左肩を椅子に押さえつける。

「ギエ〜・・・ いらい、いらい、いらいよ〜、もお、らめて〜〜〜」
と、叫んではみるが、もう、どうにも止まらない状態。
そして、そして、そして、

歯はめでたく、めでたく、抜けた。

でさぁ、普通だったらさぁ、
「もう、抜けましたよ。安心してくださいね。これで終わりですよ。」
これぐらい、言うじゃない?

先生が口から放った言葉は、
「アルコール、アルコール、ビンとアルコール、早く早く!
 こんな完璧な永久歯、見たことない。早く、アルコールを用意して!」
その後、大丈夫?の一言もなく、聞かれたのが、

「この歯、もらってもいいですか? こんな完璧な永久歯はないんです!」

「あれる、あれる、ちぇんちぇいにあれるからぁ〜、わらしのは、ろうかして・・」
と、息も絶え絶えに、訴える。
そこで、先生、ハッと我に帰り、いやいや、
歯をアルコールのビンに入れるほうが先だった・・・
その後、完璧な永久歯を確保し安心した先生は、私の歯のでっかいくぼみの中に、
ゼリーみたいなものを入れて、治療は終了した。

あれから、30年経った。

私の、完璧な永久歯は、今でもあの田舎のレトロな歯医者の棚に、
アルコール浸けになっているのかな?
いや、30年経ったんだもの、きっと、新しい建物になっているかな?
誰か後を継いで、新しい先生になっているかもしれない。
あの私の歯は、歯医者がきれいになるときに、処分されたかしら?

いえいえ、そんなことはない。今でも、絶対にあの歯医者にあるはずだ。

だって、あれは、「完璧な永久歯」だから。

今、思うに、歳をとって、入れ歯がいるようになったとき、
永久歯のスペアを持っているっていうのも、いいかな?と思う。
それも、自分の完璧の永久歯を。
その意味でも、あの永久歯、できるものなら、取り戻したい。