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中学校の教生実習に行ったとき、私の指導教官は、中年の音楽の先生。
ちょっと背が低くて、ぽっちゃってしていて、すごくいい男の先生だった。

朝の職員会議のとき、ゴソゴソと自分のカバンの中を探り、
そして、ちっちゃな声で、「これあげる」って、包みを手渡された。
ムニュムニュして、鼻を近づけると、匂う!じゃないの。

「なんですか?」って聞くと、
「らっきょう、ボクが漬けたの。カリカリしておいしいよ。」

そして、なんとその場で、材料の分量と漬け方を書き始めた。
ポイントはね〜、このあたりね〜、なんて。
せ、先生、今、職員会議中ですけど・・・・・

この先生、実は、大学を出てすぐに先生になったわけではない。
高校を出て、まず、板前さんをしたらしい。
その後、なんでもとび職について、今はなき、東京丸ビルの鉄骨を組んだ、
それが、自慢の話しだった。

「先生が、とびだったんですかぁ〜!?」って言う、私に、
メタボ気味のお腹をさすって、
「信じられんやろ〜、でもとびやったん。
 命綱なしに、丸ビルの鉄骨に鋲を打ったんや。」

その先生、音楽が好きで、子どもが好きで、そして、
音楽の先生になる夢がどうしても実現したくて、
大学に入りなおした。
そのとき、二人の子持ちで、奥さんが生活を支えたらしい。

「音大の学生って、女の子ばかりやろ、いきなり、
 『おと〜ちゃ〜ん』なんてかわいい声で言うから、よく振り返って、
 女の子たちから冷やかされたわ〜」って。

それで、教員免許を取って、音楽の先生になった。

たまたま、私の大学の友人が、その先生が中学3年のときの担任だった。
その友達、中学の中でも出来がよくて、その街の一番の進学校を受験した。
ところが、なんと、受験に失敗してしまったらしい。
そのとき、担任だったその先生が、
「明日、朝5時に迎えに行くから、暖かい服着て、待っとけ!」と言われた。

先生が、朝5時に彼女を迎えに来、そのまま、車に乗せて走り出した。
着いた先が、山のてっぺん。
車から毛布を出してきて、「これに包まっとけ、寒いからな」って。
それから、暖かいココアを飲みながら、真っ暗中、座っていたらしい。
先生は、何も言わずに、ただ、そばに座っていただけ。

すると、だんだんと太陽が海のほうから昇ってきて、朝日を見たんだと。
登りきった太陽が、そのあたりを明るくした頃、
「よしっ、帰るぞ」と先生は、再び車を運転して帰ったそうな。

何にも言わずに、ただ、そばでいっしょに朝日を見た、
そう、友達は私に教えてくれた。

この先生とは、意気投合して、教生実習が終わった後も、
いっしょに焼き鳥を食べに行ったり、飲みに行ったりした。

最近、いろんな聞きたくないような事件を聞く。
「やりなおしがきかない日本の社会」とか言うコメンテーターもいる。
そのたびに、私は、この先生のことを思い出す。