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↑今朝の食卓風景

今日のお弁当は、おむすび弁当。
中身は、明太子・かつお梅・昆布。
てんぷらの煮たのと、自家製白菜の漬物がおかず。

たまには、こんな、手抜きなおむすび弁当も、いいと思っている^^;


外山 滋比古(とやま しげひこ)さんが、
この日曜日に日経新聞に書いていたこと・・・
なるほど・・・と、長年の疑問が解けた!?

日本語の語順、最後が動詞。
だから、文書は、です・ます・だ・である・・・などなどで終わる。

論文は、普通、だ・である・・・で終わるから、
文章が終わるたびに、「だ」と「である」が登場する。
文全体として、この「だ・ある」の羅列で、
単調になり過ぎるときもある。

そこで使われるのが、「であろう」と言う終わり方。

これを、英語に英訳するとどうなるか・・・
「may be」これだと、意味が変わってくる。
「may be」を日本語に訳すと、「〜かもしれない」と言う意味だからだ。
論文だと、これは、ちょっとヤバいかもしれない・・・

外山さんは、
日本語の「であろう」は、むしろ「〜だ」を強めている場合もある、
と言う。

そこらへんの問題、
同じような終わり方をせざる得ないのは、
日本語が、動詞止めだからだという。

なるほどな〜って、妙に感心した。
動詞止め、わかっちゃいるけど、改めて納得した。

英語だと、語順が、
主語 + 動詞 + 目的語・補語 + そのほかもろもろ・・・
だから、
文末が、常にいろいろ変化するから、この問題はない。

さてさて、
ブログを始め、文章を書くときにいつもわたしが思っていたのは、
やはり、文末をどうするか、という問題。

「だ」「である」を多用すると、文章がしまりがないというか、
しつこいというか、妙に落ち着かない文章になる。
かといって、「である」は、ちょっと偉そうだしな〜・・・

外山さんが言うには、そういう場合、使われるのが体言止め。
確かに、それは、わたしがよく使う方法。

ただ、この体言止め、外山先生の言うには・・・
「しまりのない文章になる」らしい^^;

はぁ〜そうだろうな〜。
わたしの文章、時々読み返して思うけど、
なんか「間の抜けた」文章だと思っていたけど、
体言止めの使い過ぎだったのね・・・

って、もう、いろいろな策がわからないわたしは、
やっぱり、今からも、体言止めの多用と、
それから、もうひとつ、多用している「・・・」
これで終わるしかないのか・・・

ここは、ひとつ、名作と呼ばれるような本を読んでみるか。
その中に、上手い文章の書き方のヒントがあるかもしれない。

といっても、それをマネしても、
きっともっと変なバランスの文章になるかもしれないな〜。

どうにもこうにも、

文章を書くのは、やはり難しいのである。
          やはり難しいのだ。
          やはり難しい作業。
          やはり難しい。
          やはり難しい・・・

☆どれが、一番いいのか、正直、全然わからない・・・