IMG_1055_1










佐々木りつ子さんの器展、ただ今開催中

うどん、そば、ラーメンを食べるどんぶり、
これって、なかなかいいのに出会わない。

結婚したての頃、どんぶりが家になかった。

大きさが、それなり!?だった、
ひまわりの絵が描いてあった、茶のぽってりした器で代用していた。
ただ、サイズ的に十分でなかったので、
うどんの汁が、たっぷりと注げなくて、かなり不満だった・・・

それから数年、ずっと、どんぶりのない、どんぶり難民生活が続いた。

7~8年、どんぶりのない生活が続いた頃、
ある日、広島の福屋での陶器市へと出かけた。

とうとう、有田焼きのブースに、素敵などんぶりを見つけた。

まず、サイズがパーフェクト。
デザインも素晴らしい。
有田の透明感のある白地に、ブルーのす~っとした線模様。
一目で気に入った。

が、忘れもしない2500円。どんぶりひとつ2500円。
当時、我が家は4人家族、4個で10000円かぁ・・・
いくら頑張っても、いちまん円は、無理な価格だった。

他にいいどんぶりがないかな~と、探したが、やっぱりない。
あのどんぶりが、頭から離れない。
もう一度、同じブースへと戻ってみる。

どれでも500円コーナーっていうのがあって、
その中に、似たようなどんぶりがないかな~って探す。

あるわけないよね・・・と思ったら、あった! それも同じものが!

え~えっ~っつ!!! びっくりして手に取る。

値段は、500円ではないが、800円のシールが張っている。
うっそ~っ! 

って、これは、きっとどこかに、傷とかあるから安いのね~と思う。
が、どこにも傷らしきものは見当たらない。
そのどんぶり、もちろん、一つしか見つからない。

家族4人、一つのどんぶり、これじゃ使えないよね・・・と悩む。

う~ん、う~ん、悩む。

とその時、お店のおじちゃんが、
「奥さん、なかなかいいの見つけたね。そりゃ、いいどんぶりよ。」
と言う。

わかっているよ・・・ いいどんぶりだから、買いたいの!
でもでも、でもでもねぇ・・・・・・・

「どうして、このどんぶりが800円で、あっちは2500円なの?」
と、思い切って聞いてみる。

今だったら、平気のへっちゃらで、こんなこと聞いちゃうけど・・・
いやいや、これが800円だから、全部800円にしてと言うけど^^

あの頃は、まだまだ、お若い主婦でね~
そんなことなかなか言えなくてね・・・^^;

有田のお店のおじちゃんも、あれ~っ?って不思議な顔をしている。
そして、
「こりゃ2500円が正解。ひとつだけ、紛れ込んだんだな。」と言う。

え~っ、わたしとしては、その逆がよかったのになぁ~って思う。
でも、
その頃、お若いわたしは、そんなこと口にも出せない。
ただ、ただ、残念な顔をするだけ・・・だった。

それでも、
何も言わなくても、
わたしの顔と全身からは、「欲しい!」オーラが出ていたんだと思う。

次、考え込んだのは、陶器屋のおじちゃん。
しばらくしてから・・・
「これもなんかのご縁だよ。全部800円でいいよ。
 全部買ったら、5個で4000円でいいよ。」

さっすが!!! 九州男児!!! 

即決で4000円払い、5個のどんぶりを大事に抱えて帰った。

正直なところ、
その頃の我が家、実は4000円でもかなりの出費だった。
それでも、即決買いでよかったと、今でも思っている。

それからの我が家の食卓、
有田の素晴らしいどんぶりが大活躍。
子どもたちは、まだ、小学校低学年と幼稚園の頃。

ほとんど家にいなかったオット、晩ごはんは麺類が多かった。
きつねうどんだったり、肉うどんだったり、
野菜炒めの乗っかったラーメンだったり。
それを盛って、有田のどんぶりは大活躍した。

しかし・・・・・・・・・

このどんぶりとも、別れが来ることになる・・・つづく。。。


うそ、うそ、うそ・・・どんぶりとの別れで引っ張られても、
困るよね~っ^^

あれは、忘れもしない、2001年の3月24日。
芸予地震・・・・・

わたしは、いとこの結婚式で、ハウステンボスへと行っていた。
その間に起こった、芸予地震。

当時住んでいたマンション、11階。
食器棚の向きが、地震の揺れ方向に向いていた。
耐震ロックも付いてない食器棚だったため、
器やグラスのほとんど、食器棚のガラス戸をつき破り、外へ飛び出し、
壊れてしまった・・・

愛しのどんぶり、そして、そのほかの大好きな器やグラス、
ほとんどすべてを、この地震で失ってしまった。

そうして、またもや、どんぶり難民生活が始まった・・・