*青空食堂*

晴れても雨でも、おいしいものいっぱい。 そんな食堂「青空食堂」

あちこち(海外)

隣のホテル

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☆え〜旅行の話し、ずっと続けた方がいいんでしょうか・・・
 日々のことも、ぼちぼち書きたいとも思ってますが・・・
 今日は、いちおう、続きを書きます。
 
・・・

さて、スコールが来る前、タクシーに乗ったわれわれ、
ペナン島で一番高級なホテル(その当時)へと向かう。
ホテルに着く頃には、スコールも止んで、やれやれ。

そのホテル、確かに立派なホテルだった。
立派な車止め、その奥には、ず〜っと向こうまで見渡せるロビー。
南国のリゾートホテルのロビーにふさわしく、
オープンエアの開放的なロビー。

そこを入って行くと・・・
中から、偉そげな人が出てくる。
ホテルの支配人!?

ホテルに空きルームがあるかどうか聞くと・・・
即座に、今日は満室だと言う。
困ったような顔をすると、隣に、値段の安いホテルがあるから、
そちらに行ったら、と、なんとも優しいアドバイス。

ハンターと顔を見合わせる。
お互い、心の中が、だいたいわかる・・・
それでもって、その高級ホテルのロビーを後にする。

外に出た瞬間、2人、顔を見合わせて、大笑いする。
「絶対に、今日、あのホテルに空き部屋、あると思う!」
「うん、我々がしみったれた格好をしているから、断ったと思う。」
「まあ、この恰好じゃしょうがないよねぇ・・・大笑」

なぜか、ハンター、ここでは機嫌を悪くせず、
なんともすがすがしいような顔をして、隣のホテルに素直に向かう。

その隣のホテル、
  高級ホテルの支配人が言った、
    値段の安いホテル・・・

なんとも、なんとも、われわれの予想を裏切るような外観のホテル。
隣の安いホテル・・・のフレーズから、ボロホテルと思っていたが、
新品のピッカピッカのホテル。

正直、隣のペナン島一の高級ホテルよりか、
外観はうんときれい、スタイリッシュ!
まあ、確かに、規模としては、プチホテルなのだが・・・

フロントに行くと・・・スタッフ一同バタバタしている・・・
あれれ、なんとも雑然とした感じがする・・・
あれれ、どうしたのかな?

なんでも、かんでも、そのホテル、明日オープンだと言う。
へっ!? 明日!? 明日なの・・・

こういう時、わたしは、まず引き下がらない。
明日っていうことは、もう、ほとんどできているに等しいでしょ。
だから、今日、泊めてちょうだい!ってお願いする。

まあ、この辺り、
東南アジアのゆる〜い感じの、キャパシーティーの広さを感じる人たち。
まだ完ぺきじゃないけど、それでよけりゃ、泊りなよ・・・って感じ。

なんでも、今晩は、プレオープンで、出資者の人たちを含め、
関係者たちを招待していて、レストランとかも開いていると言う。

部屋は、ホテル本館だと、いくらだと言う。
でも、わたしは、見逃していなかった。
いやいや、あちらの別館のような、海に面した部屋に泊りたいと言う。

若干の値段の差だったので、海に面した部屋に泊ること決定。
海に面した部屋からの眺め、↑写真の眺め。

やれやれ、宿が決まった。
それから、大事なことがひとつ。
明日、朝一便の飛行機に間に合うように、タクシーの手配を頼む。

部屋は、まさにピッカピッカ。
われわれが、第一号のお客さまだからだ!
やったね!

部屋に飾る絵は、まだ壁掛ってなくて、ベッドの上に置いたまま。
まあ、こんなことは、どうでもいい。

まずは、すっきりしたい。
開放的な立派なバスルーム。それに、たっぷりのお湯のシャワー。
ふわふわふかふかの厚手のバスタオル。

幸せ〜〜〜 

ほんの2時間ほど前、
あの土ぼこりが舞いあがる、バスセンターの前で途方にくれたことが、
信じらぁ〜れなぁ〜いぃ〜〜〜

お湯がガンガン出る場所では、洗濯をする。
これ、バックパックの旅の原則。
次、どんなところに泊るか、そんなことがわからない。

バックパックの旅では、洗剤と洗濯ロープと洗濯バサミ、
それから、クリーニング屋さんでくれる細いハンガー、
あれが必須アイテム。

部屋の隅のフックを探し、洗濯ロープを張り巡らせ、
そこに、洗濯したものを、ハンガーにかけたり、洗濯バサミでとめたり、
とにかく、洗えるものは、全部この場で洗っておく。
クーラーをかけたら、明日の朝までには、完全に乾く。

すべてを終わって、外に出ると、写真のような夕日が見えた。
ちょっと付近を散歩して、ホテルのレストランに向かう。

どうも、ここのオーナーがオーストラリア人のようで、
オーストラリア人がそこらじゅうにいっぱいいた。

レストランは、フレンチっぽいメニュー。
オーストラリア関係なのか、チーズやラム料理が充実していた。
ラムをオーストラリア赤ワインと共に頼む。
もちろんチーズもいっしょに。

ハンターと赤ワインを飲みながら・・・

バタワースの駅で途方に暮れたこと、
フェリーの上で風に吹かれながら心細くなったこと、
バスセンターの前で絶句したこと、
シンガポールエアラインのマークが見えたこと、
気のいい中華系の旅行代理店のおばちゃんのこと、
隣の島一番の高級ホテルのこと、
などなど、今日一日を振り返って、大笑いする。

食事も済んで、波の音のするカフェでくつろいで、
いい気分で部屋に帰る。

部屋に帰ると、ベッドの上の絵が、ちゃんと壁に飾られている。
部屋には、洗濯ものを目いっぱい干していた・・・
あらあら、見られちゃったわね・・・苦笑

さてさて、早く寝ましょう。
明日は、朝一で起きて、飛行機に乗らなくちゃ。
予定よりも、うんと早くバンコクに行くけど・・・
その後、どうする・・・

う〜ん全然わかんない・・・ってハンターが言う。

・・・だろうなって思う。
だって、なんにもわかっちゃいないはずだもの・・・

明日には明日の風が吹く。
今日考えなくていいことは、今日考えない。
明日、また、出たとこ勝負で考えよう〜っと!

・・・と、ひとり思う。

ハンター、君はいい相棒だけど・・・
明日の心配なんて、全くしてないよねっ・・・
って、するはずもないっかぁ・・・
あっ、もう寝てる^^;  愛すべき相棒ハンター

・・・

とにかく、こんな、あてのない旅の時・・・
明日のことを考えても、無駄なのだ・・・
何が起こるか、明日にならないとわからない。

明日何が起こるか・・・
うん、また、何かが起こる。これ絶対。
その何かが起こってから、考える。
それでいいのだ。

さてさて、
後から、ハタと考えた・・・

ペナン島一番の高級ホテルの支配人、彼のお勧めのお隣の安いホテル。
もしかして・・・

われわれが行ったホテルじゃないかも・・・

もしかして・・・
「そっち」隣じゃなくて、「あっち」隣だったかも・・・
真相は、いまだ不明。

我々としては・・・
結果オーライだったってこと。

旅は、本当にわかんない・・・
いつも、いつも、こんな感じ。

ある意味、明日をもわからない、人生みたいなものかも・・・


ハンター&ファーマー

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↑たぶん、タイの空港の写真。
ひとり空港の隅に座る、わたし。
恥ずかしいから、今日は小さな写真。

ハンターが、いきなり、用事があるから、
「ここでしばらく待っといて・・・」と言う。

2人分のバックパックの横に座り込む。
暑い外から来て、空港の床の冷たさが気持ちいい。
思わず、裸足になり、ハンターの帰りを待つ。
その時、ハンターが撮った写真。

・・・

ハンターは、狩猟民族の出身。
獲物を見つけた途端、走り出す。
その瞬時の行動力と判断力には敬服する。

わたしは、農耕民族の出身。
日本人だもの・・・米を作って生きてきた人間。
季節の変化に合わせて農耕をする計画性、
こんなものが、血の中にあるのかも・・・

こんなふたりのコンビが旅行すると・・・
だいたい、ファーマーのわたしが、切符の手配や宿の手配をする。
それから、移動手段を調べたり、時刻表を調べたり、
また、現地の地図を調べたり、安全性を調べたりする。

ハンターは、わたしが下調べしたことに、基本、文句はない。
ただ、
たまに、わけわからない文句を言う。

そんな時は、ほっとく!

で、わたしの行きたいところに、わたしは行く。
ハンターは、だいたい、どこらにいるかもわからないから(笑)
わたしに付いて来るしかないのだ!

何か、事が起こると、その時は、ハンターの血が騒ぐのか、
ぐっと目の色が変わり、その行動の早いこと、早いこと。
それは、その名の通り、ハンターだ。

「水浴び」で書いたが・・・
タイのアユタヤで、熱中症!?になりかけたとき、
急いで陰の軒先に、わたしを座らせ、走りに走って水を買い求め、
頭の上から、有無を言わさずに、水をジャンジャンかけたのは、
ハンターの判断力のすごさ!

こうやって、でこぼこコンビならぬ、
ハンターとファーマーのコンビで、あちこち旅をした。

・・・

マレー鉄道の旅、シンガポールから北のバンコクに向かう途中・・・
マレーシアとタイの国境の町、バタワースへと着いた。
ここで、タイへ向かう列車の切符を買おうとしたら・・・

なんと、一週間先まで切符は満席と言う。

う〜ん、困った。
バスで国境を越えるかとも思ったが・・・
バスだと、その後、どうなるか、全く見当もつかない。
おそらく、想像を越える旅となることは、確か。

どうする・・・

しばし考える。
下調べをしていないハンターは、全くどうしていいのかわからず、
タダただ、機嫌が悪くなるだけ・・・

はっと思いだした。
バタワースの向こうには、ペナン島がある。
ペナン島には、空港がある。
その空港から、一気にバンコクに飛ぶ方法がある。

ハンターに相談する。
マレー鉄道の旅だが、列車の切符がない以上、
バスにするか、飛行機にするか、この二つしか選択肢は残っていない。

さすがのハンターも、バスはヤバいと思ったのか、
飛行機案に賛成する。

そうなったら、対岸のペナン島へとフェリーで渡る方法を見つける。
と、すぐ近くがフェリー乗り場。
それに、フェリーは、一日何本も運行されている。

問題は、ペナン島のことなど、これひとつ調べていなかったから、
はたして、どこで飛行機のチケットを買うのか、皆目見当もつかない。

しかし、前に進まねばらなぬ。
とにかく、フェリーに乗り込む。

手元にあった、ざっくりしたペナン島の地図。
よく見ると、フェリー到着港のすぐ近くに、バスセンターがある。
バスセンターなら、きっと観光案内所がある。
または、旅行代理店がある。そこで飛行機チケットが買える。

フェリーで到着後、そのバスセンターを目指す。
ちょっと歩いて見つけたバスセンターを見て、
わたしは、その場にへなへなと座り込みそうになった・・・

ほったて小屋のような建物。
四隅に柱が4本立っていて、その上に粗末な屋根が乗っかっている建物。
柱の一本に蹴りを入れたら、崩れ落ちそうな建物。

そこに、「バスセンター」と書いてあった・・・

笑う余裕もなかった・・・

こんな時、力を発揮するのがハンターだ。
「どうにかなるっ!」と、根拠もないのに、がぜん力が出るのだ。
バスセンター横の砂ぼこりのする道を、いきなりぐんぐん歩きはじめる。

「こんな場所に、飛行機チケットを売っている場所なんてないよ。
 だいたい、PCがあってオンラインでつながっているような、
 そんなオフィスなんて、ありそうにないじゃない・・・」
と、わたしは、心細くなり、泣きそうになる。

しかし、3分も歩かないうちに、ハンターが言う。
「シンガポールエアラインのマークが見えた!」と。

え〜っ?????? 
通りのどこをどう見ても、そんなマークは見えない。
いくら目を凝らしても、メガネをしても、見えない。
ハンターは、見えると言い張る。

そして・・・5分後、ありえないような場所にポツンと・・・

シンガポールエアラインの事務所があった。
きっと、ハンターには、事務所の匂いがしたのだ・・・と思った。

中で切符を買う。
値段は、思ったよりもずっと良心的な値段。
ただし、切符は、明日朝の一便、ペナン発バンコク空港行き。

ここで、もしかして、チェンマイまで飛ぶ・・・なんても考えたけど、
チェンマイの状況は全く調べていなかったし、
タイのかなり北だから、これは、あっさりと諦めた。

とにかく、切符を手にした。
やれやれと思う間もなく、今夜の宿を探さなくてはならない。

街をもう少し歩くと、中華系の旅行代理店があった。
すごくフレンドリーなおばちゃんがいて、
我々があまりにも、貧乏っちい恰好だったためか・・・
代理店を通すとお金がかかるから、
自分たちでホテルに行った方がいいと言う。

ここでハンター、何を思ったのか・・・
ペナンで一番いいホテルはどこか?と聞く。

あ〜あ〜、とうとうプッツン来たなぁ〜〜〜と思う。

おばちゃんが笑いながら、そのホテルの名前と場所を教えてくれた。
おまけに、旧正月過ぎだったから、中国の縁起のいいといわれる、
赤いふさふさが付いた黄色いカレンダーもくれた。

外に出ると、スコールが来そうな空模様。
ヤバい、ホテルも決まってないのに、ずぶぬれはもうたくさん。

ハンター、走りだす。
あっちにタクシーが見えたと・・・
確かに、タクシーがいた。
タクシーに乗ったとたん、すごい雨が降り始める。

ハンターは、その島で一番高いホテルの名前を、運転手に告げる。

             つづく・・・



旅の宿あれこれ1

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ババニャニャ・・・と言っても、婆さんと猫ではない。
これ、マレーシアのお料理の名前。
中華料理とマレーシア料理が融合したようなもの。

今月の「おいしいテーブル」では、
ここマラッカのカフェ↑で食べた、ババニャニャのデザートを作る。

お店で食べたものを家で再現すること、
これを「おうち外食」と、今、言うらしい。ふぅ〜ん〜〜〜
先ほど観た「あさイチ」でこう言っていた。

・・・

ところで、
マラッカに行く話しは、うんと前にブログに書いた。
で、途中でストップしていたことを、5年ぶりに思い出した^^;

この旅、行きと帰りの飛行機のチケットを手に、
バックパックを背中に繰り出した旅。
食べるものと宿は、その日の行き当たりばったりで決める。

食べるものは、まあ、どうにかなるが・・・
といっても、
旅の道連れ、ハンターは、何せ好みが激しいし、わがままなヤツ。
食べられないものが多すぎるし、
道端で売っているようなものは絶対に口にしない。

ちなみに、ハンターとわたしは呼ぶが彼女なのである。男ではない。
なぜハンターと呼ぶか、それは、おいおい説明する。

もっと大変なのが、宿。
わたしは、基本、安全で清潔なら、だいたいOK!
枕が変わっても寝られる人なのだ。

でも、ハンターは、やっぱ、ここでもワガママいっぱい。
シーツに糊がきいてパリッとしてきれいだかどうか、
シャワーからお湯がジャンジャン出るかどうか、
などなど、数限りなくうるさい・・・!

マラッカのヒーレンハウスでは、部屋は文句なかったのだが、
ベッドが柔らかすぎると文句。
それに、シャワーのお湯の出方が悪いと、これにも機嫌を損ねる。

マラッカからマレーシアの首都クアラルンプールへは、
高速バスに乗った。

マラッカから高速道路を走るバスの中、
もう、ハンターの機嫌はすこぶる悪い。
なぜなら、今回の旅のテーマは、マレー鉄道の旅だから、
ハンターは鉄道でクアラルンプールまで行きたいのだ。

ただ、マラッカには鉄道駅はないから、また、タンピンまで行き、
そこから電車に乗り換えなくてはいけない。
現地の交通事情を鑑みれば、それは半日仕事になる。
バスなら、たぶん2時間程度。

で、バスで行くことを、わたしは主張する。
ハンターも頭ではわかっているのだ。バスで行くべきだと。
ただ、素直に同意ができないヤツなのだ。

バスの中、機嫌の悪いハンターとわたしは、別々の席。
いいのだ、いいのだ。
オランダの時も、鉄道がないところを電車で行くと言い張り、
機嫌がすこぶる悪かったものね。なれたもんだよ、わたしは(笑)
その様子はこちらから 「旅包丁&まな板」

とにもかくにも、バスに乗る。
高速道路移動中、外はすごいスコール(大雨)
首都クアラルンプールにバスが入る頃には、雨は小雨になったが、
それでも、困るな〜と思う。

バスから外を見ると、見慣れた景色が見えてきた。
実は、このときのクアラルンプール、2度目のクアラルンプールだった。
前回来たとき、行った場所、プドゥ刑務所が左手に見える。

話しはあちこちなるが、ここの刑務所、当時は見学可能だった。
で、以前、ここを見学したことがある。
それが左手に見えるということは・・・
ははぁ〜ん、と、自分の居場所がだいたい掴めた。

わたしは、何を隠そう、「地図の読める女」なのである(笑)

バスの中からあちこち見て、自分がいったいこの地のどの場所にいるか、
だいたいとわかってきた。

そう思っているうちに、バスはバスセンターに入って行った。
建物の中にある薄暗い、いや、暗いバスセンター。
急いで懐中電灯を出して、足元を確認する。

バスセンターから街中へと出た・・・少々の小雨。

ハンターが聞く。
「これからどうするっ!? ホテルはどうするっ!?」
まだ機嫌なおってない・・・

「まずは、ホテル。ホテルでシャワーをしたいでしょ。
 ホテルは、あてがある。
 距離的には1キロ少々。時間的には20分ぐらい。
 ただし、ゆるい登り坂を少し歩く。」と答える。

ハンター、わたしがどこに向かおうとしているのか、
皆目見当が付かないらしい・・・
わたしも、実は、100%の自信はないのだが・・・

前回クアラルンプールに来たときに、建設中のホテルを見た。
出来上がり完成のホテルの広告を、建設中の工事現場で確認した。
なかなかよさそうな感じで、値段も安かった記憶がある。
数年前、建設中のホテル、今はもう営業中だろう・・・と。

そこに向けて歩く。
ハンターは、私の前20メートルぐらいをぐんぐん歩く。
振りかえりもしない。機嫌が悪いのだ・・・苦笑

交差点では、後ろから声をかける。
「まっすぐそのまま」

大きな交差点で、やはり同じ声かけ、
「交差点を渡る。もうそこがホテルだよ〜」
その向こうに、古びたホテルがあった。
まったくハンターのお好みとは程遠い外観のホテルが。

交差点の向こうで、運慶が彫った仁王のように立ちはだかって、
全身から怒りのオーラーをまんまん出しながら、ハンターは立っている。
「ここのホテルっ(怒)!」

「違う違う、左に曲がって、ちょっと行ったところ。」と答える。
そして、
左に曲がって5件目ぐらいに、さっぱりきれいなホテルがあった。

建設中のホテル、立派なホテルになっていた。
ロビーへと入る。

ドアマンがやってくる。
我々があまりにも汚い格好だから、「入るな!」と言いに来たか、
と一瞬思ったが、いやいや違う、フロントに案内してくれる。

今日の部屋を交渉する。
一番安い部屋は空きがないのけれども、いい部屋なら空いている。
そこを、今なら、一泊2人で5000円ぐらいにすると言う。
ウェルカムドリンク付きと言う。ここに決める。

部屋に入ったら、まあ、立派なお部屋。
日本なら、軽〜く25000円ぐらいしそうな部屋。

ハンターもわたしも、ぬれ鼠のようになっている。
シャワー、お先にどうぞと言う。
ハンターは、すぐにシャワーをガンガン浴びる。

きれいさっぱりになって、機嫌も目いっぱいよくなったハンター。
やれやれ、よかった、と思う。

2人ともシャワーをして、下のラウンジへ行く。
無料のウェルカムドリンクをいただくために。

ハンター、なぜここのホテルを知っていたか聞く。
前回来たとき、建設中うんぬん・・・と話す。

と言うことで、この日のホテルは、なんとか確保。
明日は、どこのホテルにするかな!?
実はわたしの心は決まっていた。

明日は、イポーのステーションホテルと!

↓このたびの、最初の方の様子はこちらから

マレー鉄道の旅・シンガポールから

マラッカへと

なんだか似ている

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「ピンタックのバッグ」アップしました。←クリック

「kurashi てづくり展」まで、もう少し。
日々の生活の中、いろいろな用事や行事が入っている秋。
だんだんと時間に余裕がなくなって来た。。。かなりヤバい・・・

そんな中、この週末には、遠くに住んでいる息子夫婦が帰って来る。
1年に1度の帰郷ですので、楽しみ。

☆でも、本当に、どうしようか・・・と思うぐらいの忙しさ^^;

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ロシアでは、サンクトペテルブルグに滞在した。
古都サンクトペテルブルグには、見どころがいっぱい。
語学学校をさぼっては、あちこち、ふらふらと歩きまわった。

ふらふらと歩きまわるにしては、街が大きい!
ですから、ふらふらじゃなくて、しっかりと歩いたが正しいかな。
なんとなくですが・・・もし万歩計をつけていたら・・・
一日、2万歩ぐらい歩いたかも・・・

↑スパース・ナ・クラヴィー教会。
通称は、血の上の救世主教会。
ちょっと怖い名前ですね・・・
確か、暗殺された皇帝がいて、その人の関係の教会・・・
中は、圧巻と言うべき、モザイク画!

この丸い帽子のような塔、これがロシアのイメージかな?
この教会の周りには、お土産屋さんがいっぱい。
屋台の「マトリョーシカ屋」さんがいっぱい。

この近所に、素敵なマトリョーシカが置いてあるお店があって、
そこには、お土産物ではない、手作りの立派なマトリョーシカがあった。
値段を聞いたらびっくりの値段。

・・・で、今、ひとつだけ後悔するとしたら・・・
このびっくり価格のマトリョーシカ、それよりかもうちょっと安い、
やはり、職人さん手づくりのマトリョーシカ、あれは買うべきだった。
木をくりぬいた、立派なマトリョーシカだった。

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・・・って、なぜ、ロシアの教会の写真をだしたかと言うと・・・

昨日の「おいしいテーブル」で焼いた、ロシア風の壺焼き。
このとんがり帽、ロシアの教会の塔みたい・・・

昨日、ふと思って、それを確かめてみたかったから(笑)

うん、やっぱり似ていると思う!

ウェンブリーへの道

明日、早朝、なでしこの決勝戦がある場所、ウェンブリー。
ここに、行ったことがある。

行ったといっても、サッカー観戦に行ったわけではない。

たまたま、行った、とでも言えばいいのか・・・
それも、夜中の1時過ぎごろに行った・・・

今からさかのぼること15年ほど前・・・

その日、友だちと、ロンドンでレンタカーを借りた。
それに乗って、オックスフォードへとドライブ。
オックスフォード見学をした。

その日の夜は、ロンドン中心部で人と会う約束をしていた。
場所は、ハロッズ近くの場所。

その人は、イギリス人で、広島にしばらくいた人。
広島に来た当時、大学を出てすぐ、日本語もしゃべれず、
日本の生活にちょっと苦労していた男の子。

食べることに苦労しているみたい・・・
ということで、わたしの手作りお弁当でよければ、と、
お昼のお弁当を作って届けた。

どのくらいの期間、わたしのお弁当を届けたか、忘れたが・・・
とにかく、その届けたお弁当は、いつもきれいに食べていた。

その彼、2年ほど広島に滞在して、ロンドンへと帰って行った。

わたしがロンドンに行くなら、いっしょにごはん食べようということで、
ロンドン、ハロッズ近くでの待ち合わせ。
わたしたちは、車で行って、ハロッズ近くに駐車。

さてさて、待ち合わせの場所に行って、あららのびっくり・・・

そこには、彼とその両親が待っていた。
なんでも・・・
お弁当を作ったわたしに、ぜひぜひ会ってみたいとの両親。

あらら。。。 ちょっと緊張するわね・・・
で、両親を交えてのディナー。
ちょっとおしゃれなフレンチレストラン、
わたしは、ワインなどをいただき、いい気分。

その後、ご両親と彼と別れて、バイバイ。

そこまではよかったが、夜はかなり更けている・・・
さてさて、友だちが、レンタカーのハンドルを握る。
わたしは、ナビゲーター・・・のつもり。。。

で、酔った勢いで、タワーオブロンドンの橋、
あそこに行きたいって、行った。

借りた車が、オープントップの車だから、
もちろん、オープントップで、タワーオブロンドンを目指す。

きゃあぁ〜って言うぐらいの爽快なドライブ。

そこまでは、よかった・・・
が、その後がいけない・・・

しばらく運転するうちに、友だちが行った。
いったいどこを走っているか、皆目見当もつかない・・・

えっ!? 一杯機嫌のいい機嫌でのわたし、ハッと我に帰る。

さてはてどうするか・・・
地図もないし、もちろん、その時代、車にナビもない。
ロンドン、日本みたいな交番もない。

う〜ん、数分考えてでた答えは・・・

ロンドンには、高速道路がある。
ロンドンの街中をぐるっと囲むような、
ロンドンの「外の輪」のような高速道路がある。
東京で言えば、山手線みたいな感じに。

ロンドンで迷子になった後、あちこち走ったが、
まだ、その高速道路が囲む、ロンドンの「外の輪」は越えていない。

だから、どこに走ってもいいけれども、
郊外に向かって走っていたら、
いつかはそのロンドンの「外の輪」の高速道路にぶち当たるはず。

そうすれば、そこから高速の入り口を見つけ、帰れるはず・・・

それが、わたしの出した答え。
友だちも、それはいい考えと、車を運転する。すると・・・

突然、友だち、すっとんきょう〜な声を出して、車を止める。
「ここ、ウェンブリーだ〜! サッカーで有名な競技場!」だという。

15年前、ウェンブリーが何か、全く分からなかったわたし。
ふうぅ〜ん、ウェンブリー。

そんなことより、高速道路でしょ、と思ったのが正直なところ。

で、友だち、せっかくだからと、競技場の周りを車で回る。
・・・って、そんな余裕ないと思うんだけれども・・・

ともかく、ウェンブリーのサッカー競技場の周りだけ、
いちおう記念のために回る。
夜中の1時過ぎ、誰もいない競技場の周りを・・・

その後、わたしの見立て通り、高速道路にぶつかる。
それでもって、高速道路を走り、無事帰る。

それ以来、ウェンブリーの名前、忘れていた。
15年後の今、あの名前を、また聞く。

ウェンブリーで、サッカーの最後の試合。
明日朝3時45分、キックオフ。
勝って欲しい!

いや・・・

勝つ! がんばれにっぽん!

カーディフへの道

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なでしこジャパン、いよいよ本戦へ。
戦いの場所は、イギリス、ウェールズの首都、カーディフ。

このカーディフ、実は、数回行ったことがある。
そのうちの一回、空路ひとりで行った。

オランダ、スキポール空港。
いわゆるハブ空港。巨大な空港。
ここから、カーディフ行きの飛行機に乗った。

乗るまでが大変だった・・・

KLMでヨーロッパに行ったら着く空港が、スキポール。
ここから乗り換えた。
カーディフ行きの飛行機への搭乗口番号、
ちょっと首をかしげるような搭乗番号だった。

とにかくその番号への搭乗口へと行ってみる。
行ってみたのはいいのだが・・・

その搭乗口番号が書いてある所には、鉄の扉だけ・・・
たったひとり、異国の空港。
搭乗番号の前には、鉄の扉・・・ う〜ん困った・・・
しばし悩んだが、そこらを見ても、その扉しかない。

思い切ってその重い鉄の扉を開けてみた。
そっと扉を開けて、覗くと、鉄の階段。
薄暗い階段。下へ降りる階段。それだけ・・・
地下へと降りる鉄の階段。はて、どうするか・・・

扉を閉めて、しばしもう一度、搭乗番号をチェックする。
間違いない、この番号。
誰かに聞こうにも、誰もいない。

さてはて・・・海外旅行、ひとりの時、こんな時は悩む時だ。

う〜ん、としばらく悩んで、考えて・・・
思い切って、もう一度扉を開き、地下への階段を下る。
途中、やっぱ、違うじゃろ、と思って引き返す・・・が・・・

最後は、思い切って一気に階段を駆け降りる。

すると・・・ 薄暗いその先に、人がいる。
間違いない、ここが搭乗口なのだ。

数少ない海外旅行経験だが、こんな不思議な搭乗口は、ここだけ。

話しはそれるが、
ドイツ、フランクフルトからチェコへの飛行搭乗口も、
かなり?な搭乗口だった・・・
ロシア、サンクトペテルブルグの搭乗口も、不思議な部類に入るかも。

さてさて、
心細い思いはしたが、無事、カーディフへの飛行機に乗る。
ただし、プロペラ飛行機。まるでインディ・ジョーンズの世界の飛行機。
中型の飛行機。プロペラがブルンブルンと回る飛行機。

プロペラ飛行機の場合、飛行高度がジェット機に比べると低い。
だらか、地上の様子はよく見える。
スキポールを飛び立ち、オランダのチューリップ畑が、眼下に広がる。

ドーバー海峡を渡ったのもよく見える。
搭乗した日は、快晴の日。
だから、海の様子がよく見える。

しばらくすると、イギリス本土の上空に差し掛かかる。
ヨーロッパ本土とイギリスと、こんなに近いんだと思う。
第2次世界大戦、ロンドン空襲・・・
ドイツからロンドン、こんな距離感だったんだね、と思う。

しばらくして、大きな街が見える。たぶん、ロンドン。
そこを横切り、プロペラ機はイギリスを西へ西へと飛ぶ。
プロペラ機だから、飛行速度はゆっくり。

飛行場が見える。
たぶんブリスベン。
大きな川を渡る。川を渡ったら、ウェールズだ。

遠くに飛行場が見える。
そこがカーディフ空港。

入国管理事務所。
ここから入国する日本人、たぶん、そんなにいない。
入国手続き、慣れないウェールズイングリッシュに四苦八苦して、
やっとの思いで書類を書き、入国できた。

やれやれ・・・

空港には、友だちのパパが迎えに来てくれていた。
パパの顔を見て、泣きそうになった・・・

ひとりで来たんだ! と思った。
ひとりで来たカーディフ。

数回行ったが、この心細い経験以外、
いい思い出しかない。

ここで、なでしこ、次はブラジルと戦う。

カーディフは、日本企業もあって、親日家も多いと聞いている。
わたしが数回行った中での乏しい経験だけれども・・・
日本びいきの人、多い。

そんなカーディフで、なでしこ、がんばって欲しい。

さてさて、次は、4日の午前1時だってよ!
観るからね! 

☆写真、全然関係ない、ハワイで食べたランチの写真。
 カーディフに行ったころ、あの頃は、デジカメじゃなくて・・・
 だから、データとして残ってないの、写真が・・・


水浴び

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海外を旅行していると、
なんだろう?って思うものに遭遇することがある。

タイやマレーシアで遭遇したもの、
それは、トイレなどの横にある、大きなかめ。

ホテルとか、レストランとか、ほとんどは洋式のトイレだったが、
たまに、郊外とか、地方とかに行くと、見かけた、大きなかめ。

どのくらいの大きさかというと、
小さなものだと腰ぐらいの高さのかめ、
大きなものだと胸ぐらいの高さぐらいのかめ。

かめの形は、梅干しとか、味噌とかを仕込むような形。
色は、ほとんどは、茶色だったような気がする。

プラスチックの「ひしゃく」のようなもの、
または、洗面器の小さいのが、必ずセットで置いてあった。

中には、水がたくさん溜まっていた。
トイレを流す水かな?なんて思いもしたが、
水洗トイレの横に、あるから、そうじゃないよね・・・

何かな?と、現地の人に聞いてみると・・・

マレーシアでは、主に、お祈りの前に身体を清めるために、
水浴びをするらしい。
その時に、使う水をこの中に入れているという。

マレーシアは、イスラム教の国だから、
日に数回、人々はお祈りをする。
その前に、水浴びをするという。

なるほど〜、と思ったことがあった。

では、タイでは、どうして必要なの?
タイでは、ほとんどの人は仏教徒なのに?

タイで聞いたら、違った答えが出てきた。

なんでも暑いから、日に何回も水浴びをする、
そのための水だという。

水浴び!? でも、トイレだから、着替えるところがない。

大丈夫、大丈夫、服の上から水浴びするんだ、って答え。
へぇ〜、これにはびっくり。

タイの2月、一番暑い時期らしい。
一番涼しい時期かと思って行ったから、聞いてびっくり!
とにかく、暑かった。
体感温度では、40度は簡単に超えている気分だったが・・・

日中、道路の向こうは、かげろうで揺らいで見える。
地面から、ゆらゆら、ゆらゆら、あちらがゆらゆら見える。

とにかく暑くて、暑くて、たまらなかった。
人間干物になりそうなぐらい、暑かった。

そんな中、タイの人々は、水浴びを一日に何回もするらしい。
トイレに行ったついでに、水浴びをするらしい。
洋服の上から、ざばざば水をかけるらしい。

全身ずぶぬれだって、全然へっちゃら。
すぐに乾いちゃうから。

今まで、汗まみれだった身体も服も、これできれいさっぱり。
汗臭くもないし、身体や服が乾くときの気化熱で、身体は冷えるし、
いいことずくし。

ちなみに、タイシルクって高価なような気がするけれども、
現地で、人々が着るタイシルクは、そんなに高くない。
タイシルクの利点は、着ていて涼しく、すぐに乾いちゃうところ。
なるほど、暑い生活に根差した服なんだ、と納得。

お店やホテルなどは、寒いくらいにクーラーがきいていたけれども、
ローカルなレストランとか、お店には、クーラーがない。
もちろん、暑い。

でも、人々は、トイレのついでに水浴びをするから、
そんなに暑くないんだよ〜って、教えてくれた。

今、この夏の節電のことを考えている。
しかし、
この夏のことだけを考えるだけでは足りないのではないか、
そうも思いはじめている。

生活の根本を見直す、これをしなくちゃな〜って思う。
小手先の節電なんて、一時はそれでいいかもしれないけれども、
生活のずっと根っこの部分から、節電できるようなライフスタイル、
これを目指さなくてはいけないのかな、って思っている。

その時、ふと、南の国のトイレにあった、かめのことを思い出した。
一年中暑くて、クーラーのない生活。
昔からの知恵を生かして、涼しくなるようなスタイルで暮らす。

人々は、日に何度も水浴びをする。
全身濡れても、すぐに乾いちゃうような服を着る。
究極のエコスタイルなのかもしれない・・・
などなど、ちょっと考えたのでした。


・・・・・
タイのアユタヤに行った時のこと。

バンコクからアユタヤまで2時間以上、冷房もない列車に乗った。
切符代、今も忘れない、日本円にして45円。

アユタヤについて、ホテルを探しているとき、
暑くて、暑くて、熱く熱く身体がなってきた・・・

友だちが、ふたりとも熱中症になると騒ぎ出す。

民家の軒先にわたしを座らせて、とにかく、ここで待てと言うと、
荷物を全部置いて(バックパックの旅だったから)
いきなり、どこかへと走り去って行った。

軒先の影の中で待つこと10分あまり。
友だちが、手に2リットルのペットボトルを数本持って走って来る。
一本は、もう空けて、その中の水を飲みつつ、
頭から、ざばざば水をかけつつ。

わたしのところに来たら、
いきなり、その水を、ざば〜っと頭の上からかけた。
とにかく、冷やせ、冷やせ、と言う。

結局、買ったペットボトルの水を、たらふく飲んで、
それから、残りは全部頭からかけた。

気持ちのいいのなんのって・・・!

そうやった後、数分。
身体の熱さはしっかりと取れ、服も見る見る間に乾いた。

そんな暑い中での人々の暮らし、
水がめでの水浴びが、しっかりと根付いているんだと、
あと後気がつかされた。

・・・・・

エアーコンディショナー、やっぱり買い換えることにした。
全然電気使用量が違うみたいだから。
今、見積もりを取っているところ。
いくらになるのかな・・・

でも、今年の夏は、なるべく、水浴びをして、
涼しい服を着て、夏を乗り切ろうと思っている。

衣換えの時、タイシルクのスカートが出てきた。
今年の夏は、タイスタイルもいいかも、と思っている。

冬の冷たい雨

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先ほど、ブログを書いた。
正しくは、書いていた・・・ら・・・
突然、ウィンドウが閉じて、勝手にシャットダウン。

結構がんばって書いていたブログだったから、ガックリ・・・
って、大した内容じゃなかったんだけどね・・・

↑この卵焼き用の銅のフライパン、かなり前買ったフライパン。
オットが、絶対に銅のがいいなんて言うから、
高いのにぃ~買ったけれども、ひっついてしまって・・・
(写真は、その当時の写真)

それから、テフロンのを買ってあげたら、
もっぱらそちらで、オットは玉子焼きを焼く。
銅のフライパンに、根をあげた!?ってところかな・・・

簡単に、根をあげるなよ・・・なんて思うけど・・・

なんて書いていたら・・・
先ほどのブログのこと、だんだんと思いだしてきて、
今日は、フィットネスクラブもお休みだし、
もう一度書いてみるかなと思った。大した内容じゃないけど・・・

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↑フランスのリールの街の駅の写真。
スゴイ写真に見えるけれども、街の規模はそんなに大きくない。

この街にどうしてくることになったかは、
再び書くのが、めんどくさくなっているので、スルーしちゃいます^^;

とにかくこの街に来た。
3月の中頃、小雨の日の夕暮れ、ひとりで・・・

次の日は、パリに向けて列車で移動する予定。
でも、
今晩泊るホテルもない。パリへの列車の切符もない。

まずは、ホテルからだ。
次の日のお昼には、パリのアパートの管理人さんと合う予定。
だから、リールは少なくとも9時ぐらい発の列車に乗らないと。

切符を買ったりするのにきっと手間取るから、
8時ぐらいには駅に行きたいから、駅近くのホテルを探す。

小雨で、寒くて、背中にはバックパックで、お腹もすいてきて、
それでもって、一番は、ひとりで、心細くて・・・もう泣きそう・・・
それでも、小雨は止まず、おまけに傘がない・・・

最低~って、叫びたい・・・気力もない。。。

駅前に、駅ビルのようなものを発見。(写真のビルではない)
表側は、ショッピングセンターみたいになっていた。
その横側に、ホテルの看板がある。

空き部屋があるかな~?と思いつつ、
それに、英語が通じるかな~?と思いつつ、
そのホテルの入り口に入る。

フロント、誰もいない・・・暗いし・・・気持ち、また、落ち込む。

呼び鈴を押して出てきたのは、インド系の女の人。
英語が通じてほっとする。
部屋はあるみたいだし、お値段もそこそこ。
やれやれとこのホテルに泊まることにする。

鍵をもらって部屋へ行く。
まあ、この状況で見つけた部屋にしては、いいかな?
バスタブがあるのがうれしい。

さっそく、重かったバックパックを置き、
ぬれ鼠のようになった服をタオルで拭き、やれやれ。
これで、今晩寝るところは確保できたが、
そう思うったら、次は、お腹が減ったことに気が付く。

レストランで、フランス語のメニューを見て、頼んで食べる元気、
もう残っていない・・・

元気を出して、駅ビルのショッピングセンターに行く。
洋服屋さんとかそんなお店やカフェはあるけど、
どこかに、テイクアウトの食べ物売っているところはないかな~。

と、運がいいことに、このビルの地下には、大きなスーパーがあった。
今考えると、たぶん、カルフールだったと思う。

ここで、まずは、ハーフボトルのワインを買って、
冷えたビールを買って、
へっへっへ^^; こんな状況でも、まずは、これを買わなくちゃねっ!

その後、おかずコーナーで、
ほかほかのローストチキンに、それに添える温野菜数種類、
それに、サラダもたっぷり買って、
ハムとパンと、オレンジジュースと、りんごとバナナも。

明日の朝の朝ごはん、
パンにハムとサラダをはさんでサンドイッチにするつもり。
ホテルでコーヒーを入れて、りんごもバナナもあれば、完璧。

ぐっと元気になってホテルに帰る。
まずは、バスタブに熱いお湯をはって、冷えた身体を温める。

その後は、ひとり宴会。
テレビは、勝手にフランス語の番組をやっているけれども、
もちろん、わたしには??? 
でも、音があるだけ、ちょっと元気になる。

ビールとワインと、それに買ったものを食べて、だいぶ元気になる。
外を見ると、まだ、冷たい雨は降っている。
レストランにごはんを食べに行かなくてよかったな、と思う。

元気をいっぱい取り戻して、ベッドでぐっすりと寝る。
あまり特技はないけれども、
どこでも、ぐっすり眠れるのが、わたしの特技かもしれない。

次の日、お寝坊しないように、目ざまし時計で目を覚ます。
雨は上がっていた。なんとなく、幸先いいんじゃない!?と^^
予定通り、8時過ぎには駅へと行く。

切符、やっぱり、なんだかんだんで、買うのに時間がかかった。
タリスという特急列車の指定席が買えて、ほっとする。

何番ホームなのか、これまた、わからない。
というか、そのうち発見したのだが・・・
列車が近くに来るまで、何番ホームに列車が着くのか、
わからないのである。これは、知らなかった・・・

パリに行きそうな人の後をついて行く。
無事、列車に乗り込む。
二人掛けの席向かい合わせ。テーブルがひとつある。

若い夫婦と2歳ぐらいの子供が、前の二つの席に座る。
少々狭そうだ・・・

列車が動き始めて、わたしの隣は誰も来ないことを確かめて、
前の若いお父さんに話しかける。

そちら3人では狭いでしょうから、お父さんはわたしの横に座る?
って、英語と身振り手振りで伝えたつもり。
お父さんがわたしの横に来たから、向かいの席はお母さんと子供。
ちょっとゆったり座れて、よかったなって思う。

列車は、フランスの田舎をパリへと走る。

さてさて、駅に着いたら、これまた、またまた、大変だ。
なんとかかんとか、レンタルアパートまでたどり着かなくてはならない。

あ~あ~、期待と不安と、不安と期待とを胸に、
ひとり旅は、それでも、それでも、楽しい。


☆なぜか、先日の雨の中を歩いていて、この時の状況を思い出した。
 寒くて、小雨で、そして、お腹が減っていたから?
 思い出したので、ちょっと書いてみた。

アイルランドのセーター

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昨日の衣替え。
プラスチックケースの中で眠っていたセーター。
ここ数年着ていない。
だから、処分対象なんだけれども・・・

このセーター、コットンとリネンのセーター。
買ったのは、アイルランドの名前も知らない田舎。

今から、15年以上前・・・

イギリスの西の発端からフェリーに乗り、アイルランドへと渡った。
着いた港、ロスレアという港。

アイルランドではイギリスのお金が使える、と聞いていたが・・・
使えない・・・(このときは、正直かなり焦った・・・)
なんとか銀行を探し、ほっ!っとした。

ほっと安心したとき、そこに果物屋さんが。思わず店に入る。
みかんっぽいオレンジを買った記憶がある。
そのオレンジ、甘かった記憶がある。

ロスレアから一路、首都ダブリンを目指し、運転。
途中、ジャガイモ畑の中の道を走る。

じゃがいも、袋に10キロぐらい入ったのが、
ところどころの道端に転がっていた。

FOR SALE! 
売り物、と書いた手書き看板の横に転がっていた。
その値段、信じられないくらいに安かった記憶が。

石を積み上げて作った、ちっちゃな家、
映画「ライアンの娘」で見たような風景が続く。

そんな景色を見ながらのドライブ中、ふと気になる看板を発見。

はっきり覚えてないが、
「手づくり村」とかそんな感じの看板。
気になり、車を停めて中に入ってみる。

モノづくりの人たちが数人、そこでモノを作っていた。

その中、手作りのセーターのお店を発見。
季節は、夏の8月。
コットンやリネンのセーターなどが並ぶ。
アイルランドは、アイリッシュリネンで有名なところ。

素敵な手編みのセーターを発見。
値段、安くはないけれども、決して高くもなかったような記憶が。

そこの人たちが、自分たちで一枚一枚手で編んでいると言う。
ていねいな作りと、糸の色の良さにひかれ、一枚購入した。

大好きで、ずっと着たけれども、何せ15年以上前のデザイン。
あの頃は、だぶだぶのセーターが流行りだった。
今の感覚とはかなり違うデザイン。

昨日、処分しようかな〜?と、しばし考えた。
とにかく、保留の箱へ移動することにしたが・・・

どうしても気になる。
一枚一枚手編みしたんだよね・・・
もう一度、手に取り広げてみる。ていねいな編み目。
あちこちじっくりと見てみる。

解こう! そう考えた。

手で編んだんだもの、その反対をすれば、解けるはず。
セーターから、元の糸に戻そう。
そうすれば、糸として使える。

糸になれば、織りに使える!

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袖を外し、襟を外し、肩や脇をほどき、そして糸にしていく。
昨日と今朝、がんばって解いた。

675gの糸が取れた。
今は、玉に巻いているけれども、カセにしてお湯に浸けて洗う。
すると、立派な糸になりそうだ。

糸になったセーター。
糸玉を見て、処分せずにがんばって糸にしてよかったと、思う。

この糸で何を織るかは未定。

フェリーに乗り、車を運転していったアイルランド。
道に迷ったり、宿が見つからなかったりと、大変なこともいっぱい、
けれども、親切にしてもらった思いもいっぱいのアイルランド。

そんな思いを糸に込めて、次は、ずっと使えるものを織りたい。

パリのボタン

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もう一つのブログ「木のテーブル」
ここにアップした、
ネイビーブルーのコート(←クリック)
←に付けたボタン

パリで買った。






サクレクール寺院で有名な、モンマルトルの丘、
あの辺り、布地屋さんがかなりある。

モノづくりの作家さんとか、パリに買い付けに行く人とかが、
あの辺りでのお買い物のこと、
本に書いてあったり、ブログで紹介していたりもするところ。

私も行ってみたのだが・・・

ガ〜ン! ほとんどのお店がお休み・・・

でさ、お店の前の開店の日と時間とか見たんだけど、
フランス語なのね・・・当たり前!?
それが、わかんないの・・・

しょぼんとして、地下鉄駅まで歩いていたら、
一件開いているお店を発見! ヤッタネッ!

入ってみると、何とも雑然としたお店・・・
それに、あるものが、私の好みのものと違って、
えらいキンキラピラピラしたものばかり・・・

この辺り、フレンチカンカンで有名なムーランルージュがある。
そのほかにも、かなりあやしいお店があるところ、らしい・・・

その辺りのお店の人たちご用達の、キラキラピラピラ布のお店!?
とにかく、買うものはないと思って、
でも、お店の人には、ありがとうって言おうと思って、
レジにいたお店の人に、ちょっとだけあいさつ。

すると、レジの横にボタンが入った瓶がちょっとだけ並んでいた。
どれどれと見てみて、このボタンを発見!

こんなお店に、こんな素敵なボタンがある〜っ! 驚き!

いくらかな〜???って思ったけど、
いくらか聞くこともできず、また答えてくれたとしても、
それがいくらなのかもわからないし・・・
(フランス語の数字ってすごく難しいの・・・)

他の布のお店もお休みだし、ちょっとやけくそになって、
ええ〜いっ!全部買っちゃえ〜っ!

ちょっとドキドキしながら、待っていると、
けだるい感じのお姉さんが、ボタンを入れてくれた紙袋に、
値段を書いてくれた。

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その数字を見た。23ユーロ。安い・・・

で、後から計算したら、1個100円しないぐらいの値段。
まあ、私的には、良心的適正価格。
(1個300円までだったらOKだと内心思っていた)

ボタンが入った袋を手に、
モンマルトルの丘をスキップしたい気分で、降りた。

ただ、この辺り、本当にいろんなやばい話があるところだから、
やや気分を引き締めながらのスキップ・・・

海外に行って、こういうちょっと怪しい場所に行くときは、
または、蚤の市などに行くときは、
私は基本的には、スーパーの袋を提げて行く。

パリだと、モノプリとかのスーパの袋、
あの袋をくしゃくしゃにして、ちょっと使い古したみたいにして、
その中に、ペットボトルとティッシュとタオルとを入れて、
たまに、自分で作ったお昼用のサンドイッチを入れて、持ち歩く。

現金は、ズボンのポケットにそのまま突っ込む。
だいたい3000円ぐらいを入れておく。
それ以上のおかねは、上着の下に着ている服のポケット辺りに。

財布は持ち歩かない。
クレジットカードも怪しい場所には持っていかない。
全部取られても、現金だけならあきらめもつく。

それから、全部取られた時のために、
ポケットには、地下鉄の回数券を数枚入れておく。

服装は、黒っぽい地味な服。
ユニ○ロのポケッタブルパーカーの黒を着て、
スーパーの袋をぶらぶらぶら下げて、
見かけ、貧乏たらっしく!?歩く。

この格好で、パリのブランド店とかには、行けない。
と言うか・・・
パリのブランド店、一回も行ったことない、皆無!

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このボタンのアップ、やっぱり好き〜! いぶし銀がいい感じ。
実は、ブロンズ色のも持っている。
これは、何に付けるかは未定。

あっ、閉まっていて入れなかった布地屋さん、
後日、また、貧乏たらっしい恰好で行った。

でも、でも、お客さんが多いのに、布を切ってくれる店員さん、
すごく少なくて、私が頼もうとすると、次から次に、
パリのおばちゃんたちが割り込んできて・・・
結局、買えなかった。

あの時見た、カラーリネンの色、忘れなれない。
ただ、最近では、日本でもそのような布地があるので、
今だったら、わざわざ、パリの布地屋さんに行かなくても、
と思う。

後日わかったのだが、ギャラリーラファイエットの本館横の地下、
ここにも布があるのを発見。
こちらは、店員さんが英語を話せて、
パリのおばちゃんたちに邪魔されることなく、布が買えた。

プール

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「プール」
っていう映画、今広島に来ている。
見に行きたいな〜。
夏が過ぎて、秋風が吹くころのプール、なんだか好き。

↑夏の間、大活躍のサラダボウル、プールみたいで好き。
秋風が吹き始めたから、そろそろ収納棚に入れるかな?
そんな思いもあったけど、もう少し、過ぎゆく夏を楽しむために、
使っちゃおう。

「プール」って映画、舞台は、タイのチェンマイ。
行ってみたいな〜って思うところ。
ここにある、フォーシーズンズチェンマイ、いいな〜ぁ。。。

ヨーロッパアメリカからのお客さんには、特に人気らしい。
なぜって?
HPにアクセスしてもらって、
写真またはビデオを見てもらったらわかるけど、
アジアの田園風景が、何とも言えないらしい。

日本の田舎!?って感じなんだけどね・・・
日本の過疎地も、こんなリゾート作れば、
結構人は来るかもしれない。

以前行った時のタイ、
チェンマイは遠すぎて行けなかったところ。
次はぜひぜひ行ってみたい。

そういえば、思い出した話。
アユタヤからバンコクまでの普通列車の中での話し。
車中約2時間あまり。料金、今でも忘れられない45円なり。

近くの女の子たち、16インチぐらいのブラウン管テレビを持っている。
どうして、テレビを持っているのか聞いてみた。
なんでも、チェンマイまで旅行をした帰りの列車。
チェンマイの泊る所にテレビがないから、
テレビを持って行ったらしい!?

え〜っ、テレビを持って旅行をするの?って聞いたら、
うん、それっておかしい!?って、逆に聞かれた。

普通列車の旅も、いろんな人と出会えて、それはそれで楽しい。
たまに、ドキッとするような食べ物をもらって、どうしょう・・・
でも、私はけっこう平気で食べちゃう。
今までのところ、どうってことは一度もないけど・・・

ああ、旅に出たいな〜。

プールを見たら、きっとアジアに行きたくなるんだろうな・・・

豪華フォーシーズンズの旅もいいけど、
ふら〜っとローカル列車の旅もいいな・・・
秋風って、人を旅人にさせるのかな・・・・・



ヒートホールン

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オランダ、電車、バス、そして電車、その後未定・・・
乗物にいろいろ乗り継ぎながらも、一日かけても行きたかったところ、
それは、ヒートホールンと言う村。
北のヴェネチアとも言われている、オランダの小さな村。

村は、小さな湖のそばの水路が張り巡らされている。
村人の交通手段は、歩き、またはボート。

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自転車に乗っている親子にも会った。

小さなおとぎの国のような場所。
行ったのは3月も終わり頃。
観光シーズン(イースター辺りから9月ぐらいまで)は、
お隣の国ドイツをはじめ、ヨーロッパ各地から、
観光客がどっと押し寄せてくる場所みたい。

でも、3月も終わりごろだったためか、
観光客らしい人は、私たちだけ。

カフェのようなところで、レンタルボートを借りた。
レンタルボートで、村の中の水路をめぐり、そばの湖へと出た。
ボートから見る村の景色は、本当におとぎ話のよう。
(写真は二枚とも、レンタルボートから写したもの)

そうそう、カフェでボートを借りたとき、
バックパックを預かってもらおうと思ったら、
そこのベンチに置いておいても大丈夫だよ〜って言うお返事。
そのくらい、平和なんだ・・・・・

そう言ってくれたおじさん、オランダの木靴をはいていた。
観光用じゃあないみたい!
このあたり、泥炭土で、おまけに水の中の村だから、
そこいらじゅう、ドロドロ。
そんな中、あの木靴だと、下に沈み込まない。
あれは、生活の中から出てきた、必需品の靴だったんだ!

村では、あの木靴の人を、数人見かけた。
これには、かなりびっくりした。

3月にしては、風もないとってもいい日で、
ボートに乗っての探索は素晴らしかった。

アムステルダムからだと、レンタカーを借りて行ったほうが、
うんと時間の短縮になって便利はいいかも。
でも、電車やバス、それに、親切なタクシー運転手さん、
こんな地元との触れ合いは、公共交通機関もいいかもしれない。

ヒートホールン、行きやすい場所ではないけど、
いつか、また行ってみたいって思う、そんな場所でした。

ヒートホールンについては、こちら


または、こちらから

旅包丁&まな板

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包丁の話し、つづき。

旅に出る時は、↑包丁とまな板、そして、ワインオープナーを持参する。
それから、スイスアーミーナイフも必需品かな。
「包丁一本、さらしに巻いて〜♪」って感じで、旅立つ。

とにかく、どこに行っても、ちゃんとしたものを食べたい。
そして、ワインだって買って飲みたい。
だから、このセットは、私にとって旅の必須アイテム。

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オランダをさまよった時の話。
首都アムステルダムが、あまりにも騒がしい街だったため、
北へと電車に乗った。
地図では、ホールンのもう少し上のエンクハイゼンという街まで行った。
なぜなら、ここは終着駅だったから。たぶん静かと思った。
アイセル湖に面するこの街、案の定、静かだった・・・

次の日、オランダのアイセル湖をはさんで西方向(右手)へと向かった。
オランダのオの字の上あたりのところまで。

まずは、エンクハイゼンから電車で、アルクマールまで行った。
ここからは、バスに乗り、アイセル湖の北を通り、
レーワルデンというところまで行く。

いっしょに行った友達、バスはいやだと言う。電車がいいと言い張る。
でもねぇ・・・電車走ってないんだよ。線路ないんだよ。

お昼時、お腹は減るし、バスの時間まで15分ほどしかないし、
バスに乗らなきゃならないし、友達はすこぶる不機嫌。
私は、そこいらに売っているお弁当でもサンドイッチでもへっちゃら。
なんでも食べちゃう。
でも、友達は、何か分からないものは、絶対に口にしない。
とにかく、食べ物に関しては、めちゃくちゃ保守的、それ以上!

不機嫌になったら、とにかく、取り合わない方がいい・・・
だから、
「とにかく、飲み物を探して買って来て。
 水でもオレンジジュースでもいいから・・・」と言う。
背中いっぱいに不機嫌を表しながら、友達、駅のキオスクへと行く。

私は、食べ物の確保をしなくちゃならない。
運のいいことに、バスターミナルの裏に青空市場があった。
バスの出発まで15分しかない。
その間、パンとチーズとリンゴとバナナとナッツを買う。

バスターミナルのベンチの上にすべてを広げ、
包丁とまな板を取り出し、ウェットティッシュで手をふき、
パンを切り分け、チーズとリンゴのサンドイッチを作る。
旅の必需品の中には、ファスナー付きのジップロックもある。
それに、出来上がったサンドイッチを詰める。
急いで、片づけて、ゴミはゴミ箱へ捨てて、バスで友達と合流。

相変わらず、不機嫌極まりない!

手には、水とジュースとチョコバーとポテトチップスを持っている。
お昼は、どうも、チョコバーとポテトチップスみたい!?

バスは、乗客が5,6人程度のガラガラ。
不機嫌な友達は、私と違う席に座る。
私は、今から楽しい旅が始まると思うと、わくわく。
運転手さんの横の一番前の席を確保!

バスが出発する。

ちらっと見ると、ポテトシップスの袋をごそごそと開けている。
バスが信号待ちで止まったとき、
急いで、先ほど作ったサンドイッチをバナナとナッツを持って行く。
黙って渡して、水とジュースを受け取り、私は、私の席に戻る。

アイセル湖の北側を渡る堤防の上をバスは走る。
右側はアイセル湖、左側は海。
一度来てみたかったところ。
人間がどのくらい自然に対して凄いものを作ったか、
その代表、アイセル湖、スエズ運河、パナマ運河など、見てみたかった。

とにかく、手作りサンドイッチを食べながら、ナッツをかじりながら、
私は、人間のすごさに感動しながら、
それに、おいしいサンドイッチで、超ーご機嫌さん!

アイセル湖の真ん中にあるパーキングエリアでバスは一時停車。
運転手さんのバックミラーから、ちらっと友達を観察すると、
すっかり機嫌の治った友達、荷物を持ってこっちに来る。

「いつ、サンドイッチ作った〜っ???」って、ニコニコ。

そんなの、朝飯前、ならず、バス乗車前だわ〜ん!

普段は、インドア派の私だけど、
旅に出ると結構アウトドア派なのかもしれない。


30周年なんだ!

2004年イギリス・フランス0023_1















今から5年ほど前、イギリスの片田舎に短期ホームステイに出かけた。
場所は、ドーバー海峡を見渡す、ブロードステアーズと言う海辺の町。
ロンドンなんかにホームステイしたら、
英語学校なんて大いにサボって、遊びそうだったので、
あえて、あえて、自分に厳しく田舎町を選んだ。

さてさて、
ここの学校では、以前にこのブログにも書いたけど、
人生で一番っていいぐらい、勉強した。
正しくは、勉強させられた。
授業料の3倍ぐらい元はとったぐらい勉強した。

ホームステイ先で夕食が済むと、すぐに学校の図書館へと直行。
それから、図書館が閉まる9時まで宿題や課題などなど・・・

帰りは、同じホームステイ先にタイから来ていたジェーンと、
一緒に帰った。
ホームステイ先の食事のボリュームがあるから、
運動を兼ねて、帰りは、ちょっと遠回りして、
海のほうまで回って帰っていた。

アジアからの学生は、イギリスの食事の量がやはり多く感じられ、
みんな、太る、太る、と言っていた。
それで、この夜の運動、次々に参加者が増えていった。

ある晩のこと、
ジェーンが、「ねえ、ドラえもんの歌を教えて〜」と。
「いいよ、私の後を続いて、歌ってね。」

「こんなこといいな♪」 「こんなこといいな♪」
「できたらいいな♪」 「できたらいいな♪」
「あんな夢♪」 「あんな夢♪」
「こんな夢♪」 「こんな夢♪」
「いっぱいあるけど♪」「いっぱいあるけど♪」
「みんな、みんな・・・・・・・・」

って、調子で、夜の9時過ぎ、寝静まったようにシンとした町、
そこをドラえもんの歌を歌いながら帰った。

なんでも、アジアではドラえもんが大人気で、
もちろん、お話は吹き替えらしいのだが、
主題歌は日本語のがそのままらしい。
だから、みんな、なんとなくの日本語のドラえもんが歌えるけど、
ちゃんとは歌えないらしいのだ。

発音指導をして、意味説明をして、
それから繰り返し、繰り返し、ドラえもんの歌。

朝は5時起きで勉強に励み、
9時から4時までの授業は、めいっぱい詰まっていて、
4時から6時は図書館通い。
そして、夜の7時から9時までまた図書館。
帰ったら12時過ぎまでまた課題と取り組む。

そんな毎日。
課題と宿題に押しつぶされそうになり、
緊張の日々の中、このドラえもんは、大いにみんなで盛り上がった。

そんな、ありがたいドラえもん、
なんでも今年、30周年だということ〜。

えっ、もしかしたら、私たちの結婚生活も30周年かな!?!?!?!

とにもかくにも、ドラえもん、ありがとう! 感謝!

アメリカンドリーム

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だましだまし使っていたデジイチ、やっぱり修理に出しました。
ただ今、カメラなしの生活。
ちょっとさみしい・・・ ↑はちょっと前の写真。
今ネタが書けないので、昨日、ウォーキングの時にふと思い出した話。

数年前、ニューヨークに行った。
オットは、仕事の関係で先に帰った。

私がひとり帰る時、荷物もあるからタクシーを頼んでいた。
タクシーといっても、うんと料金の安い乗合タクシー。
ホテルをいくつか回って、客をピックアップして、
最後に空港に行くというタクシー。

私がホテルロビーで待っていると、タクシー到着。
私のピックアップが一番だったみたい。
運転手さんが助手席に座れと言う。
きっと、あちこちのホテルで客が多いから、
席を詰めて座れということなんだろうな〜、って思う。

ホテル出発後、タクシーは、国連本部横の橋を渡った。
つまり、マンハッタンから出てしまったのだ。

あれ〜ぇ・・・ ほかのホテルには寄らないのかな〜・・・って、
ちょっと疑問・・・???

運転手さんは、ソビエト崩壊後、ロシアから来た人。
ソビエト時代はエンジニアだったけど、崩壊後職がなくなり、
家族でアメリカに渡ってきたそうな。
息子が二人で、下の息子も無事に大学に入学できた、
なんてなんて、家族の話を次から次へとする。

私が広島から来たというと、びっくり!
チェルノブイリのことにすごく興味があったようで、
広島のいろいろを聞いてくる。

しかし、そんな専門的なことを英語で聞かれても、
こちらは、たじたじとなるばかり・・・

それに、
私の英語が間違うと、そうは言わない、正しくはこうだ、って、
言いなおしをさせられた。
それも、3回復唱なり・・・
それからも、タクシーの中で英文の復唱を何回もした。

で、英語の復唱はいいんだけど、
このタクシーいったいどこに行ってるの!?!?!?

来た時とえらい景色は違うし、方向は間違ってはないけど、
やっぱ、何か変だよ・・・・・

運転手さん、私の不安をよそに、
いろんな質問をしてくるし、自分の家族のこともしゃべるはしゃべる!
なんでも、最近マイホームを購入し、それはすごく環境のいいところ。
日曜日には近くの公園でバーベキューを楽しむ、なんてなんて・・・

それはそれで、運転手さん幸せでいいんだろうけど、
ここは一体どこかな〜・・・?
とっても素敵な住宅街であることは間違いないけど・・・

と、運転手さん、突然、
「右手のあの丘の上の左端、あれが僕の家なんだよ!」

えっ! 私、空港に行きたいんだけど・・・

時間があれば、お茶でも飲んで行ってほしいんだよ。
妻もきっと喜ぶと思う、なんて・・・言う。

その後、
「左に公園が見えてきただろう。あそこでバーベキューするんだよ!」

こちら絶句状態! 私、飛行機に間に合うのかしら?

その後、タクシーの方向は空港方面へと・・・
無事空港に着きました。

着いて荷物を出してくれたあとは、ハグハグハグの運転手さん。

「今日は、とってもいいお客さんでよかったよ。
 帰ったら、妻に広島からの客さんを乗せたっていうよ。
 それから、カルフォルニアにいる上の息子にも電話するよ。
 広島からのお客さんだって言ったら、きっとびっくりするよ。」
 だって。

運転手さんなりのアメリカンドリームを手に入れて、
それを誰かに見せたかったのかな?って、
なんだかかわいらしいな〜って、帰りの飛行機の中は一人納得。

この不況時、あの運転手さん、どうしているかな〜・・・


別荘では

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サンクトペテルブルグから南へ30キロぐらいの郊外の駅です。
日曜日の夕方の時間、都心に向かって帰る人がいっぱいです。

ロシアの人がダーチャという別荘を持っていると、
↓昨日のブログで書きましたが、
ほとんどの人は、そこからの帰りです。

汽車の中、満員でしたが、立っている私を見て、席を詰めてくれました。
その方々と、お話がしたかったのですが、やっぱり私の語学力では無理でした。
その中でも、どうにかこうにかわかったこともあります。

皆さん、ダーチャをお持ちでした。
そのダーチャ、別荘といえば聞こえがいいのですが、
土地面積にして50坪ぐらい!?
そこに小屋を建て、周りの土地で野菜を育てています。

ソビエト時代、もののない時代、どうして人々が生き延びたかというと、
このダーチャで育てた作物があったからということ。

汽車の中、皆さんすごい大荷物でした。
りんご、キャベツ、じゃがいも、かぼちゃ、それら、半端じゃないほどの量。
りんごはジャムやコンポートに、キャベツは酢漬けに、
かぼちゃやじゃがいもは、そのまま保存するみたいです。
木綿豆腐のようなチーズを持っている人もいました。

本当に語学ができなくて残念でした。
もし、もう少しできたのなら、汽車の中のどなたかのお家にお邪魔したかった・・・

汽車の中の人々は、まるで「ドクロルジバコ」の映画のような雰囲気で、
あの時代から、人々はたくましく生きてきたんだな〜って、実感しました。

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この日、私が行ったのは、ここ↑
エカテリーナ宮殿、別名、夏の宮殿です。
冬の宮殿は、サンクトペテルブルグにある、エルミタージュ美術館です。

このエカテリーナ宮殿、300メートルもある建物で、
中は豪華絢爛です。
キラキラしていて、私はとてもじゃないけど、こんな所には住めない。。。

別荘で・・・

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ロシアの人は別荘を持っている、その名前は、「ダーチャ」
それは、ソビエト時代からあったといいます。
ロシアの人に、すごく贅沢だね〜、別荘があるなんて・・・と言ったら、
日本の別荘とは、ぜんぜん違うよっていうこと。
でも、行く前は、実感がなかった、です。

サンクトペテルブルクに行きました。一応、語学留学という事ですけど・・・

語学研修は、はっきり言って、ぜんぜんと言っていいほど効果は、なし!
しかし、ただでは帰らぬ! いろんなものを見て来ました。

↑これは、冬のダーチャ(別荘の意味)です。
北極圏に位置するサンクトペテルブルグですから、冬は、零下○○℃。
だから、冬用のダーチャは、狭い、でも、暖かさ重視らしいです。

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これが、ダーチャの外観です。
時期的には、夏(9月の始め)です。
このファミリーは、比較的お金持ちのファミリーです。
ご主人さんは英語が堪能で、いろいろお話できました。
サーモンがおいしくお料理されていて、お食事にも誘っていただきましたが、
残念ながら、次の予定があったので、泣く泣く、ご辞退させていただきました。

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ここのお嬢さんです。
言葉は全く通じなかったのですが、ダーチャの中を案内してもらいました。
これは、お嬢さんおお部屋のようです。
とても素敵で、こんな暮らしに、すごく憧れました。
私の田舎暮らしの憧れの「原点」なのかもしれません。

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この方は、次に訪れたダーチャの方です。
何でも、ロシアでは有名な詩人の方のようですが、
何せ、わたくし、ロシア文学には全く無知でして・・・恥ずかしかった・・・

水を井戸に汲みにいくということで、ご一緒させていただきました。
ダーチャには、水道や電気がないようで、
水は井戸から、電気はランプということでした。

ということ、ロシア語でお話しいただいたのですが・・・
何せ、その当時ちょぼっとのロシア語しか知らなかったので、
本当の所は、どうなのか・・・
とにかく、身振り手振りはもどかしい・・・
語学、やっぱり必要です。

ロシアの別荘「ダーチャ」は、楽しみのためにあるのではないということ、
ロシアから帰る頃には理解できましたが、
この時は、うらやましい限りでした。



これからの・・・

New York 179_1











もう4年も経つんだな〜って。
4年前のアメリカ大統領選挙中、NYに行った。
これは、セントラルパークで撮った写真で、
あの時、民主党候補はケリー氏だった。
学生ボランティアたちが、のんびりと支持を訴えていた。

さて、昨日は、朝からCNNだのABCだのでずっと選挙の途中報告を見た。
結果は、予想通りオバマ氏となった。
どんなにアメリカが変わっていくのか、注目する所である。

さてさて、話は変わって、最近の円高の話し。
信じられないぐらいに、円高になってきている。
1ドル97円とか、ユーロも125円とか。

ユーロ、友達がフィンランドに行くときに、お餞別用に替えた時は、
確か、1ユーロ175円だったはず。

ちまたにいろんな予測があって、
ドルは80円台になるとか、ユーロは100円になるとか・・・
いったいどうなるんだろう・・・

私個人としては、もし、1ユーロ100円になったら、
すぐにでもヨーロッパに行きたい。
前回行ったときが、確か、1ユーロ150円だったから、
私たち日本人にとっては、物価が三分の二になる感覚のはず。
1500円のものが1000円になるってすごい。

150円の時代でも、ワインはめちゃくちゃ安いと思ったんだけど、
それが、もっと安くなるんだな・・・って。

ただし、飛行機代は、すごい。
先日の宣伝で見た飛行機代。
何でも、ヨーロッパまでのサーチャージ、往復で6万円!?
信じられない。。。
たとえ飛行機代が10万円で安い!と思っても、それにプラス6万円は痛い。

なお、一番安くヨーロッパに行ったときは、
確か、83,000円だった。
関空ーオランダスキポールーウェールズ、ロンドンーオランダスキポールー関空、
これが、全て込みで83,000円だった。

あんな時代は、もう来ないんだろうな・・・
10年前ぐらいの話しなんだけど・・・




アイルランド旅紀行

2004年イギリス・フランス0061_r1_1















↑写真は、イギリスのレイという街。
 雅姫さんがここに行った本を出している。

ここのブログに、遊びに来てくれるmiyukiちゃん、
彼女がアイルランドの旅に出た。
その紀行文、とっても興味深く読んだ。


さて、
私も、アイルランドに行ったことがある。
その話し、miyukiちゃんに、いつかブログでするねって約束したから、
今から、書いてみよう〜っと。

今から10年ほど前の夏、息子二人を連れてイギリスに行った。
友達の両親が、いつでもおいで〜って言われて、
チャンスとばかりに、息子二人連れてイギリスに行った。
今みたいに航空運賃も高くなく、とにかく円が強かったから、
今から考えると、かなりお安く行けた時代だった。
もちろん、サーチャージなんていうものもない時代。

友達の家は、イギリスの西の果て、ウェールズの写真集に出てきそうな街。
まあ、よく言えば、おとぎの国みたい。
率直に言えば、街全体、アンティーク!?っていう感じ?
まあ、全て古い、ボロっていうのかな・・・しかられそう・・・

そこは、イギリスの西の端だから、海から向うを見ると、
アイルランドがあるってわけ。
と言っても、見えるわけじゃないけど。
それで、せっかくだから、アイルランドに行くことにした。
確か、フェリー代が1万円ぐらいだった記憶が・・・

友達のお父さんが車を貸してくれると言ったので、
フェリーに、友達、息子二人、そして私の4人で乗り込み、
アイルランドに出発した。

友達のお父さんの話によると、
その1・アイルランドはイギリスのお金が使える
その2・アイルランドのガソリン代はイギリスより安い
その3・首都ダブリンはいつでもホテルが空いている

ということで、お父さんを信頼して、明るく出発、行ってきま〜す!
アイルランド通貨を持たず、ガソリンもほとんど空っぽ、
そして、ダブリンの宿も取らずに、アイルランドに行った。

フェリーで、アイルランドの南東の港、ロスレアに着いた。
着いてすぐ1つのことが判明した。
アイルランドでは、イギリスのお金が使えない・・・
ランチタイムなのに、お昼も食べられない。
息子二人の腹減りコールは響くし・・・
でも、ロスレアは、すごい田舎! 
やっとのおもいで、銀行を探し、アイルランド通貨をゲットした。

それから、次は、ガソリン。
アイルランドのほうが、ずっと高い。
10年前、その当時、イギリスのガソリン代は、今の日本ぐらい、
そのくらいにガソリン代が高かった。
それよりも、まだ、高かった。びっくりのお値段。

ここで、お父さんの話し、二つはガセ!だったこと、
肝に銘じていればよかった。
その1,2があれば、その3だって、ありうると・・・

さて、首都ダブリンを目指してひたすら運転。
途中、手作りファクトリーとかいろいろあって、
それがおもしろいのって・・・ 一日中いたいぐらいおもしろかった。
ダブリンに着いたのは、夕方。

とりあえず、その辺りの駐車場に車を停めて、街中散策。
そして、ホテル探し。
わかったこと。
全て、満室。空きなし・・・

それでも、どうにかなるだろうと、夕飯を食べる。
さて、それから、ホテル探しをする。
その当時、アイルランドにはテレフォンカードが2種類あって、
それぞれのテレカ、公衆電話では、互換性がない。
さて、さて、
見つかる公衆電話は、私たちが買ったテレカが使えない。。。

やっと私たちのテレフォンカードが使える公衆電話を見つけると、
5台のうち4台は壊れている。使える一台は、人が並んでいる・・・
ホテルにあちこち電話するが、全く空きはなし。

困ったな〜。どうする・・・

ちょっと郊外にあるリゾートエリアの場所のことを思い出して、
そこへ向かって車を走らせる。
その辺り、素敵なホテルがいっぱい。
でも、お部屋もいっぱい・・・

友達と二人で、今日は野宿?何て話していると、
下の息子が、
「車の中で寝るの? そのときって、パジャマに着替える?」
なんて、のんきなことを言う。

夜も8時過ぎると、さすが、あせってきた。
どうしよう・・・
再びダブリンに向けて、車を走らせているとき、見つかった!

VACANCY の文字が! 空きありの意味!

ところが、部屋は1つしかないって言う。
大丈夫、大丈夫、ベッドがなくても、床でも大丈夫です。
もう、文句は言えません。

そこの若いお兄さん、う〜んって考えて、
息子二人は、食堂にエキストラベッドを作ってあげると言ってくれた。
ということで、息子二人は、食堂に寝た。

ということで、アイルランドの一日目の夜は、こうやって更けていった。


ゆっくりは、いつかな?・・・

タッチ
















バッグ展が終わり、やっと一息、休む、と思ったら、
27日日曜日は、オットの仕事に付き合い、匹見へと。
28日月曜日は、もうどうにもならない家を片付け、片付け、片付け、ホッ!
29日火曜日は、ボランティア仲間の集まりで焼肉大会?!
       でも、ここでも、お料理係とビール係とワイン係を・・・
30日水曜日、本日4月30日はいろいろな税金などなどの支払期限。
       ということで、あちこちの支払い、そのほかいろいろあるのに・・・

今日の朝、6時過ぎに電話あり。
みぃ〜ちゃんのママがお病気みたい。
だから、
babaは、今日はみぃ〜ちゃんのお子守でっしゅ!

8時過ぎにみぃ〜ちゃんが来る。
パパ&ママに、ソロ〜っと、みぃ〜ちゃんにわからんように、 
家を出て行きんさい・・・・・・・
みぃ〜ちゃん、最初は、面白楽しくbabaと遊ぶ・・・

そうそう、今日は、絶対銀行に行かないといけないからね、と、
みぃ〜ちゃんをだっこして、近くの銀行へと。
いつもは、愛想ひとつない銀行の人も、みぃ〜ちゃんと一緒のbabaには、
えらい愛想がいいよ・・・・・ そんなもんなんだね〜・・・

その後、みぃ〜ちゃんといろいろ遊ぶ。だけどね、それもね、10時まで・・・
その後、泣くんだよね・・・
眠たいのもあるし、ママがいないのもあるし、いろいろ、だよね。
かわいそうに、みぃ〜ちゃん、不安なんだよね・・・

腱鞘炎で左手はブルブルだけど、みぃ〜ちゃんのためだもの、と、
babaは、がんばります。

ベランダにつれて出ると、春の風が気持ちいいのか、ゆらゆらしながら、
やっと、お眠になったみぃ〜ちゃん。
下に降ろすと泣くから、いいよ、いいよ、babaがだっこしていあげるから、
ゆっくり、おねんね、みぃ〜ちゃん。
でも、babaの左手は、かなりやばいよ・・・・
がんばったけど、でもねっ、30分で起きたよ〜!

そして、やっとママが帰ってきた。
ママを見ると、まあ、すごい「にっこり」みぃ〜ちゃん。
やっぱり、ママが一番好きなんだね。いいことだよね、それが一番、ママ一番!
その笑顔に、私も、ほっとする。

息子たちにお昼を用意して、その後、みぃ〜ちゃん一家は帰る。
babaは疲れて、倒れこむ・・・
夕方、オットから電話。
「ガソリン、明日から、上るよ!」
でも、今日は、みぃ〜ちゃんのお子守と、
午後から、近くのスーパーの98円の卵と178円のいちごを買いに行って、
忙しかったから・・・

オットいわく、
「今日、ガソリン入れると、フレスタ券2枚ぐらい違うよ」
貧乏babaは、辛い!
このフレスタ券2枚で、直反応!
で、いつものガソリンスタンドへと・・・

ああ、貧乏babaは、結構いろいろ忙しい・・・・・
連休は、ちょっとゆったりしたいな〜・・・

★ 写真は、つかまり立ちのみぃ〜ちゃん。

ヘルシンキから・・・

先ほど、例の友達が、ヘルシンキから電話をかけてきた。
マリメッコの前からだって!!!

で、ヘルシンキ情報を聞くと、

「ひと、おらんわ〜。いやあ、不思議なほど誰もおらん・・・」だって。

で、私、聞き返しました。

「ねえ、本当に、ヘルシンキにおる?! 違う国とか、ないよね・・・」

友達、「間違いない、間違いない、マリメッコの前におるんよね」だって。

で、マリメッコで、日本にないプリントはどれか聞いたら、
日本には、全部、あるらしい・・・
つまんないね・・・
日本って、本国の次に、いえいえ、本国以上にものがあるんだよね・・・

じゃあ、次の目的地、彼女の母国のイギリス、
そこから、電話ちょうだいって、言ったの・・・

イギリスのアンティークマーケットで、何か買ってきて欲しいな〜。

でも、イギリスって、田舎に行くと、全てがアンティークで、
いやいや、こう書くとかっこいいけど、
本当の所、全てが、ふ・る・いからね・・・

何、買ってきてもらおうかな???

トラブルもまた楽し!

パリ
















昨日のブログ、メルモさんからのコメントにも指摘があったように、
今は、バッグ作りで家に篭もりきりだから、
旅の思い出に、心だけを飛ばしています〜。
でも、本当は、ブログネタがないというか・・・まあ、そんなところです。

↑さて、この写真は、パリの「眺めのいい家」です。
ベルヴィルというところで、このすぐ近くがエディット・ピアフの生家です。
ガイドブックには、あまり近寄る場所ではないと書いてありましたが、
恐る恐る行ってみると、普通の人が、普通に生活しています。
どちらかというと、中東やアジア系の人が多く、
マーケットとかは、そんな匂いでプンプンです。これ、私好きなのよね・・・

なぜ、眺めがいいかというと、高台の上だからです。
方向的には、パリの東側に位置します。
遠くにパリの中心部が見渡せます。
確かに、このアパールトモンの最上階の角の部屋からは、眺めがいいだろうな〜。

旅はトラブル続きだと書きましたが、
でも、旅の全てがトラブルではなく、ほとんどは楽しいトラベルです。
たまにトラブルに合うと、どうしようかな?って考えます。
これが、楽しい!

いっしょに旅行に行く友達がいいました。
「何かトラブルになると、アハハハ・・・って、いつも笑うよね。
 あの笑いを聞くと、安心するし、こっちも気が楽になるよ。」と。

私的には、怒っても落胆しても仕方がないので、
後は、このトラブルをどう楽しもうかって思うだけかな?
というか、いろんなことを考えないと、誰も助けてくれないからね。

トラブル続きでも、トラベルに行きたいな〜・・・

でも、当分は、バッグ展に向けて、バッグつくりをがんばらなければ。
バッグ展が終わったら、思い切って、どこかに行くかな?
5月の連休が過ぎた頃、チケットが安くなるしね。

トラブルトラベルのお好きなかた、どなたかご一緒しませんか?
トラブル、トラブル、トラブルで、大いに笑えますよ〜、なんて。

旅はトラブル続き・・・

ロシアの駅












日本に来た外国の人、全て(私が知っている限りの人だから、チョビットだけ)
口をそろえて言う。
日本のJRぐらいすごいものはない。
新幹線なんか、今どこを通過中で、何時にどこの駅について、
それらを英語で案内してくれる。もう、ミラクルの世界らしい。

一番最初にイギリスに行った時、二人の息子を連れて行った。
シェフィールドからヨークまで汽車に乗ったとき、
なんとヨークには予定時刻より15分も早く着いたのだ!
私たちは、そこが目的地だからいいけど、ヨークからどこかに行く人、
予定よりも15分も早く汽車が出発したら、困らない?

はじめて一人で行ったのは、ベルギーのアントワープ。
オランダのスキポール空港から、アントワープ行きに乗った。
アントワープ手前の駅で何かのアナウンスがあった。
もちろん、オランダ語かフレミング語か何かで、私には???

近くに座っていた、中国系のおばさん二人、私のところに来て“#$”%&・・・”
中国語もわかんないよ〜・・・
みんな汽車から降りるし、チャイナおばさんに腕を引っ張られ、
そこの駅で下車。とっぷり日は暮れ、こんな田舎駅で、どうすんのよ!
チャイナおばさん、一生懸命に説明してくれるけど、???状態。

どこに行くのか聞いているのかな?って思って、
「アントワープ、セントラァ〜ル」って言うと、
「セントラ〜、セントラ〜・・」と、腕をつかまれ階段をおり、
向かいのプラットホームへと強制移動。
そこに汽車が入ってきて、またまた、腕をつかまれ引っ張り込まれる。

本当にアントワープセントラルに行くのかどうかは?だけど、
よく見ると、ほとんどの人は、この汽車に乗り換えている。
もう、真っ暗になっているし、こんな田舎駅にいるわけにも行かず、
とりあえず、この汽車に乗る。

3つ目の駅で、汽車はストップ。チャイナおばさんがまた来て、
「アントワープ、セントラ〜」と、教えてくれる。

アジア系のわけのわからんおばちゃんが一人汽車に乗っていて、
チャイナおばさん、ほっとけなかったんだろうな・・・
でも、あの時は、状況がよくわからず、ちゃんとお礼も言っていない。

チャイナおばさん、ありがとう。

このスキポール空港の汽車では、
後日、またまた、大変な目にあった・・・
それも、2度も・・・

↑写真は、ロシアのサンクトペテルブルグから1時間30分ぐらいの田舎駅。



プラハの地下鉄

エスカレーター













↑写真は、ロシアのサンクトペテルブルグの地下鉄のエスカレーター。
デパートのエスカレータを5階から一気に1階に行くぐらいの長さ。
長いエスカレーターのため、速度がすごく速い。
そんなエスカレーターを、ふたつ乗って、やっと地下鉄乗り場に着く。

なんでも、冷戦時代、核攻撃を受けたときに、地下鉄乗り場を、
核シェルターにするつもりだったらしい。
ということで、地下鉄乗り場も広い。
国家高揚ムードの絵や彫刻などがあって、異様な雰囲気をかもし出していた。
サンクトペテルブルグでは、何度も地下鉄を利用したけど、
いつも、何か妙に緊張する場所だった。

さて、
話は、パニックになったプラハの地下鉄。
プラハはチェコの首都だが、旧共産国のチェコスロバキアだったところ。
今は、チェコとスロバキアに分離している。

チェコでは、家族経営のプチホテルを予約して泊まった。
チェコ最終日は、夕方発のミュンヘン行きの夜行列車に乗る予定。
荷物があったので、プチホテルからプラハ駅まで、タクシーを予約していた。

その日のランチは、最終日だということで、
プラハで偶然に見つけた、小さなチェコ料理のお店でランチを堪能していた。
ダンプリングという、じゃがいもと小麦で作っただんごのようなもの、
これがすごく美味しく、また、
ここのデザートのベリーのスープのお米のお団子添えも、よかった〜!
グラスワインと共に、素敵なランチ。
ランチが済んでみると、あらあら、タクシーを予約している時間が迫っている。

歩いてホテルまで帰るには、30分以上かかるということで、
急きょ、近くの地下鉄駅からホテルのすぐそばの地下鉄駅まで、
地下鉄を利用することにした。
急いで、駅に急行し、地下鉄に乗る、三つめの駅がホテル近く。
地下鉄を降りて、友達がエスカレーターを駆け上る。
サンクトペテルブルグほどでもないけど、結構長いエスカレーター。

「全然見たことない景色!」と、友達が叫ぶ。
後ろから私は、
「駅の反対側に出たんじゃない?」といいながら、駆け上ると、

そこは全く別の場所。ホテル近所の繁華街とは待ったく別の、森の中。
反対方向に、地下鉄を乗ったんだ!と気が付く。
急いで、反対側のエスカレーターを下り、中心街へと向かう地下鉄を待つ。
こういうときに限って、地下鉄が来ない、来ない、来ない・・・

タクシーとの約束の時間は、とっくに過ぎている。
プラハ駅で夜行列車に乗りミュンヘン駅へと行き、
その後、ミュンヘン空港からロンドンへと飛行機を乗り継ぐ予定。
もし、夜行列車に間に合わないと、その後の全てが変更となる。

やっとの思いで地下鉄に乗り、息も絶え絶えにホテルに戻ると、
ホテルの皆さん、タクシー運転手、全員でホテル前で待っている。
急いで荷物を取り、タクシーへと乗る。
その後、映画「タクシー」のように、タクシーはぶっ飛ばす!

途中、プラハ滞在中ずっと見たかった、現代建築が右手に見える。
私が、「きゃあ、ラッキー! あの見たかった建物よ〜!」って言ったら、
友達は、マジになって、不機嫌、怒り出す・・・まあ、わかるよ・・・

プラハ駅、まあ、これが広いし、わかりにくいし、
背中にバックパック、そして、手には大きなイギリスのお友達へのお土産バッグ。
これを持って、駅の中を、走る、走る、走る。

まだ、汽車はいる。よかった・・・ほっ。

それ以来、予約を取っている汽車や飛行機に乗るときは、
時間に余裕を持っていかなければ、と、心に誓ったのだが・・・
そうは、いつも上手くは行かないことばかり・・・


行きたいな〜・・・

NY












連日、円高で1ドル95円までなったとかいうニュース。
こんなニュースを聞くと、アメリカに行きたいな〜って思う。

今一番行きたいのは、マリメッコやアラビア、そしてアアルトの
フィンランドだけど、何せ、ユーロ高だからね・・・
以前、138円のときに行っても、物価が高いな〜って感じたのに、
今は158円ぐらいかな?

ドルが100円を切れば、やっぱりアメリカかな?
う〜ん、ハワイのオアフ島以外でのんびりもいいな〜。

アメリカだと、やっぱり最低2週間は行きたいな。
レンタカーを借りてあちこち走り回るのがいいな。
NYの街も見所がいっぱいだし、
メトロポリタンミュージアムは、まだまだ半分も見ていないし、
今度は、ロングアイランドあたりにもレンタカーで行ってみたい。

しかし、同じ行くなら、やっぱり思い切ってフィンランドかな?
それとも、パリかな?

なんて思いつつ、あちこちのサイトを覗いて、
チケットの値段をチェックしたり、
レンタルアパートをチェックしたり、
ああ、これだけでも楽しい・・・

ただいま、貸し出し可能のアパートin ニューヨーク

こんなアパートを借りて、NYっ子の気分で、
グラマシーのマーケットなどで、オーガニックの野菜を買ってきて、
キッチンでお料理して食べるなんていいな・・・

円が95円になって、すぐすぐには恩恵は無いけど、
こんな、夢だけでも見られるのは、楽しい!

こんなテラス付きのアパート、1週間で1000ドルぐらい。
今だったら、10万円を切るぐらい。
一泊だと1万5千円ぐらいかな?
4人で泊まれば、安いよね・・・ ああ、夢、夢、ゆ・め!

換気扇・その2

イギリスのご飯1













数年前、イギリスの田舎町にホームステイしました。
約一ヶ月間、そこのお家の夕飯をいただきました。
そのお宅、お料理がおいしいという評判のお家でした。

写真↑、ある日の夕飯。
ビーフのキャセロール
(ビーフに小麦粉をはたき、マッシュルーム・人参とキャセロールに入れ、
 ビームコンソメを入れて、オーブンで煮込む)
マッシュポテト、かぼちゃのような野菜、ポロネギのゆでたもの。
缶詰のグリンピースもチンをして添えます。

だいたい、こんな感じで、ワンプレートに盛っていただきます。
調理時間は、だいたい30分程度?

調理中、湯気がキッチンにこもると、庭に通じるドアを開けます。
2月だったのですが、そんなに寒くなかったような気もします。
ドアを閉めると、すぐに温かくなったからかしら?

この日は、手の込んでいるお料理です。

よその家のお料理を聞くと、もう少し簡単なお料理のようでした。
というか、冷凍食品をチンした晩ごはんばかりの家もありました。
また、
お食事が口に合わない、
中東からの学生さんは、お金持ちなので、毎晩トルコ系のレストランで外食、
中国からの学生さんは、食材を買って自炊、
韓国からの学生さんは、そこの家のお料理、そして、キムチ、
タイからの学生さんは、常にスイートチリソースをなんにでもかける、
そして、
日本からの学生さんは、けっこう何でも食べられる。

ヨーロッパのドイツ、イタリア、チェコ、ロシアなどの学生さんは、
ほとんど問題ないと言っていました。

ここのお宅で食べたものから考えると、
よくお料理をする家といえ、缶詰、冷凍食品、などなど、
このようなものを使う頻度が非常に高いと思いました。

ただ、
単純には比べられません。
私は、ほとんど冷凍食品を買わないのですが、
ここ広島でも、日曜日のスーパーなど行くと、
びっくりするほど半額冷凍食品を、買い求めている方々もいます。
その方々から見れば、このイギリスの家庭は、
よくお料理を作っているようにも、思えるのかも知れません。





世界の換気扇事情?!

フランスのキッチン
















このブログに、ときどきコメントをくれる、
海外在住のmiyukiちゃんが
オーブンでチキンを焼いて食べておいしかった、というブログ、
次は揚げてみたいなって書いてあった。
コメントに、「換気扇あるの?」って書いたら、
やっぱり、ないということ。

これに関連して、miyukiちゃんの家の換気扇事情がブログにアップされました。
これは、おもしろいと思い、私も、数少ない経験の中からの、
海外換気扇事情について、ちょっと書いてみます。

↑写真は、フランスのフラット(アパート)のキッチンです。
換気扇はありません。

ロシアのキッチン












↑写真は、ロシアのアパートのキッチンです。
やはり、換気扇はありません。

NYのキッチン













↑写真は、NYの大学の寮のキッチンです。
一応換気扇らしきものは付いていますが、室内循環です。
戸棚のしたあたりに、吸い込み口みたいなものが見えますが、
あれは、吸い込み口ではなくて、空気の吐き出し口です。
こんな換気扇、何の役に立つのか、理解に苦しみますが・・・

さて、
ネットでいろいろ調べて見ました。
ヨーロッパ、アメリカ、カナダ、日本人によるレポートによると、
けっこう換気扇のない台所、または、NY方式のように、
室内循環型の換気扇、これに不満の方は多いようです。

あちこち読みすすめていってみると、一番の理由は、
「家で料理をしない」ということみたいです。
何でも、台所が汚れるのが嫌われているようですが。

ドイツなどでは、火を使わない晩ごはんを食べることもあるそうです。
パンとハムとザワークラフト(キャベツの酢漬け)とチーズぐらいの食事。

写真はないのですが、
イギリスのホームステイしたご家庭も、換気扇がありませんでした。
遊びに行かせていただいた家にも、(お城のような家からロンドンのフラットまで)
換気扇はありませんでした。

不思議です。



マラッカへと

ヒーレンハウス













暗くなったタイピン駅、ハンター(友達)はバスの時刻表を見に行った。
駅の前に立っている私に、ちょっと怪しいおじさんが、
「どこまで行くん?」と聞いてくる。どうもタクシーの運転手らしい。
マラッカまでいくらで行くのか、どのくらいの時間で行くのかを聞いてみる。
一応、ガイドブックに書いてある値段と時間とほぼ同じことを言う。

ハンターはバスで行くと言い張るが、バスの時刻表は意味不明だったという。
だいたい、意味不明なのに、この時間にバスを待つの?と言いたい。。。

タクシーと交渉成立、タクシーに乗り込む。
二人なのに、なぜか私は助手席、ハンターは後部座席。
機嫌を損ねたハンターは黙り込む。。。 いつものこと。。。

さて、タクシーの運転手、名前をィザッカヤン???と言った。
私には「居酒屋ン」にしか聞こえない。
まあ、とにかく話の好きな運転手で、いろいろと話をしてくる。

ある日本人の女の子の話。
私たちと同じ時間の汽車から降りてきた、20歳ぐらいの女の子一人。
マラッカまでタクシーに乗せた。
ところが、日本円のトラベラーズチェックしか持っていないという。
現金マレーシアリンギットは全然なしと言う。
もちろん泊まるホテルも決まっていないと言う。

そこで、この「居酒屋ン」は、なんと自宅にその女の子を連れて帰ったそうな。
ウハァ〜、そんなの危なすぎない?!
自宅に戻ったら、「居酒屋ン」の奥さんは目を真ん丸くしたそうな。
息子の「居酒屋ンジュニア」とは意気投合して、
それからご飯を食べに夜の街に繰り出したそうな。

翌朝、「居酒屋ン」が銀行まで連れて行って、トラベラーズチェックを現金化。
無事に、タクシー代を払ってもらったそうだけど、
「日本の女の子って、こんな危ないこと平気でするの〜?」って聞かれた。

さて、タクシーは夜のマラッカに無事到着。
実は、私たちもホテルの予約とかしていない。
とりあえず、「ヒーレンハウス」と言う、マラッカっぽいゲストハウスへと。

ドアを開けると、そこには、亀仙人のような白ひげのおじいさんが。
「ここの宿泊代、いくらだと思う?」と私に聞く。
ハンターは、また、だんまりだ。。。 
実は、リンギットでのレート率なんて全然わかっていないのだ。

私は、本当は知っていたけど、それよりも安い値段を言う。
「だいたいあっているけど、○○リンギットかかるよ。」と亀仙人。
その値段、調べていた値段の通り。それでOKだというと、
「実は、その値段の部屋は空いていない。しかし、高い部屋ならある。」
高い値段だと困るな〜って顔をしていたら、
「一番いい部屋に同じ値段で泊まっていい、
 ただし、ベッドは4つあるが、ベッドはふたつしか使ってはいけない。」
亀仙人は得々と説明する。
部屋は、すごく広い部屋で、おまけにベッドは天蓋付きベッド。

夕飯を食べていないと言うと、亀仙人ご推薦の店を紹介してくれた。
「マラッカは、夜でも安心の街。食事はマダム○○の店へ」
言われたとおりの店に行く。
確かに、おいしいし安かった。

夜のマラッカは、旧正月前なので、特別な飾りつけとライトアップが、
幻想的であった。

「居酒屋ン」といい、亀千人といい、マダム○○は、もっと幻のようだった。





マレー鉄道のたび・シンガポールから

マレー鉄道本










かれこれ7,8年前、いやもっと前かな?
友達と二人で「マレー鉄道」のたびを計画。
シンガポールからマレー半島を北上して一路バンコクへ。
行き当たりばったり、宿も何も決めていないたび、
バックパックを背中に、いろんな大変に遭遇。
この大変は、人生のテストのようだった?!

その頃広島からは、シンガポールエアラインが就航していて、
広島からシンガポールへと直行した。
時期はちょうど旧正月(2月)だったので、
各地の「中国系の旧正月」をテーマに旅をした、つもり。

シンガポールでは、インド人街、アラブ人街を見て周り、
けっこうあちこちにごみが落ちているのにびっくり。
シンガポールでは、ごみを捨てるとすごい罰金刑があると聞いていたので、
めちゃくちゃきれいな街だと思っていたんだけど、現実は違った。
シンガポール地図












【地図】シンガポールはマレー半島の先にある島国。
    上に川のように見えるのは、実は海。
    この海にかかる橋を渡ると、そこはもうマレーシア。

シンガポール駅から、マラッカの入り口タンピン駅へと、
いよいよ汽車のたびの始まり。
シンガポールの飛行場は、さすがハブ空港だけあって大きいのだが、
街はずれのシンガポール駅は、びっくりするほどの田舎の駅。
中心部にあると思っていた駅が、思ったより遠かったので、
駅に着いたとき、汽車の出発時間まで5分もない。

予定していたクレジットカードできっぷが買えない。うそだろ〜。
現金シンガポールドルはほとんどないし、
汽車の出発時間は迫ってくるし。
私はきっぷ売り場に「へばりついて」、順番を死守。
友達は、駅舎反対のマネーチェンジのブースに走っていく。

この友達(名前をハンターとしておく)、全く算数がダメ。
駅舎の反対から大声で、いくら日本円を換えたらいいか聞く。
きっぷ売り場でシンガポールドルでいくらかを聞いて、
それを日本円に換算し、「○○え〜ん」と、大声で返す。
ハンターは、わしづかみにしたシンガポールドルを手に走る。

駅のあっちとこっちで大声を上げる私たち、
それを温かく見守る?駅の人たち。
旅は恥のかき捨て、そんなことしたくないけど、
今は、そんなこと言っちゃいられない。

無事、汽車に乗り込み、シンガポール駅を後にする。
シンガポールは文字通りの島国だから、わずか10分程度で、
マレーシア領内へと入る。ジョホールバルである。
そこから、次の目的地、マラッカに一番近い駅、
タンピンまで汽車は走る。

タンピン駅に着いたとき、すでに日は暮れていた。
友達はバスで行くと言い張るが、バスはもうない。
さて、どうする。
マラッカまでは、まだまだ遠い。



おもてなし?

満杯の紅茶














イギリスは、大好きな国。
なぜかって?    う〜ん、なぜだろう?

ヨーロッパで初めて行った国。
お友達の祖国。
ホームステイした国。
ロンドンにお友達の家があるから。
英語が通じるから???

理由はともかく、好きな国です。
???のこと、!!!のこと、それぞれいっぱいあるけどね。

?のことのひとつ、
どこの家に行っても、紅茶を出してくれる。
おいしい紅茶と思うでしょ!

実は、そんなでもない。
スーパーで買ったようなティーバッグの紅茶。
それも、カップから、(たいていはマグカップ)
はみ出そうに満杯の紅茶です。
薄くて、お湯のような紅茶なのです。

一軒だけ、聞かれました。
「何が飲みたい?」 そして、これと、これと、これの中から選んでって。
で、選んだのが、赤ワイン。

おいしいワインいただきました。
ここのご主人さん、後で聞いたら、スロバキアの人でした。
イギリス人じゃないから、何飲むかの聞いたのかな?

私も、なるべく聞くようにしてます。
「コーヒー、紅茶、日本茶、水、ビール、ワイン・・・・?」って。

これ、私流の、おもてなし。



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