*青空食堂*

晴れても雨でも、おいしいものいっぱい。 そんな食堂「青空食堂」

あちこち(海外)

ウェンブリーへの道

明日、早朝、なでしこの決勝戦がある場所、ウェンブリー。
ここに、行ったことがある。

行ったといっても、サッカー観戦に行ったわけではない。

たまたま、行った、とでも言えばいいのか・・・
それも、夜中の1時過ぎごろに行った・・・

今からさかのぼること15年ほど前・・・

その日、友だちと、ロンドンでレンタカーを借りた。
それに乗って、オックスフォードへとドライブ。
オックスフォード見学をした。

その日の夜は、ロンドン中心部で人と会う約束をしていた。
場所は、ハロッズ近くの場所。

その人は、イギリス人で、広島にしばらくいた人。
広島に来た当時、大学を出てすぐ、日本語もしゃべれず、
日本の生活にちょっと苦労していた男の子。

食べることに苦労しているみたい・・・
ということで、わたしの手作りお弁当でよければ、と、
お昼のお弁当を作って届けた。

どのくらいの期間、わたしのお弁当を届けたか、忘れたが・・・
とにかく、その届けたお弁当は、いつもきれいに食べていた。

その彼、2年ほど広島に滞在して、ロンドンへと帰って行った。

わたしがロンドンに行くなら、いっしょにごはん食べようということで、
ロンドン、ハロッズ近くでの待ち合わせ。
わたしたちは、車で行って、ハロッズ近くに駐車。

さてさて、待ち合わせの場所に行って、あららのびっくり・・・

そこには、彼とその両親が待っていた。
なんでも・・・
お弁当を作ったわたしに、ぜひぜひ会ってみたいとの両親。

あらら。。。 ちょっと緊張するわね・・・
で、両親を交えてのディナー。
ちょっとおしゃれなフレンチレストラン、
わたしは、ワインなどをいただき、いい気分。

その後、ご両親と彼と別れて、バイバイ。

そこまではよかったが、夜はかなり更けている・・・
さてさて、友だちが、レンタカーのハンドルを握る。
わたしは、ナビゲーター・・・のつもり。。。

で、酔った勢いで、タワーオブロンドンの橋、
あそこに行きたいって、行った。

借りた車が、オープントップの車だから、
もちろん、オープントップで、タワーオブロンドンを目指す。

きゃあぁ〜って言うぐらいの爽快なドライブ。

そこまでは、よかった・・・
が、その後がいけない・・・

しばらく運転するうちに、友だちが行った。
いったいどこを走っているか、皆目見当もつかない・・・

えっ!? 一杯機嫌のいい機嫌でのわたし、ハッと我に帰る。

さてはてどうするか・・・
地図もないし、もちろん、その時代、車にナビもない。
ロンドン、日本みたいな交番もない。

う〜ん、数分考えてでた答えは・・・

ロンドンには、高速道路がある。
ロンドンの街中をぐるっと囲むような、
ロンドンの「外の輪」のような高速道路がある。
東京で言えば、山手線みたいな感じに。

ロンドンで迷子になった後、あちこち走ったが、
まだ、その高速道路が囲む、ロンドンの「外の輪」は越えていない。

だから、どこに走ってもいいけれども、
郊外に向かって走っていたら、
いつかはそのロンドンの「外の輪」の高速道路にぶち当たるはず。

そうすれば、そこから高速の入り口を見つけ、帰れるはず・・・

それが、わたしの出した答え。
友だちも、それはいい考えと、車を運転する。すると・・・

突然、友だち、すっとんきょう〜な声を出して、車を止める。
「ここ、ウェンブリーだ〜! サッカーで有名な競技場!」だという。

15年前、ウェンブリーが何か、全く分からなかったわたし。
ふうぅ〜ん、ウェンブリー。

そんなことより、高速道路でしょ、と思ったのが正直なところ。

で、友だち、せっかくだからと、競技場の周りを車で回る。
・・・って、そんな余裕ないと思うんだけれども・・・

ともかく、ウェンブリーのサッカー競技場の周りだけ、
いちおう記念のために回る。
夜中の1時過ぎ、誰もいない競技場の周りを・・・

その後、わたしの見立て通り、高速道路にぶつかる。
それでもって、高速道路を走り、無事帰る。

それ以来、ウェンブリーの名前、忘れていた。
15年後の今、あの名前を、また聞く。

ウェンブリーで、サッカーの最後の試合。
明日朝3時45分、キックオフ。
勝って欲しい!

いや・・・

勝つ! がんばれにっぽん!

カーディフへの道

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なでしこジャパン、いよいよ本戦へ。
戦いの場所は、イギリス、ウェールズの首都、カーディフ。

このカーディフ、実は、数回行ったことがある。
そのうちの一回、空路ひとりで行った。

オランダ、スキポール空港。
いわゆるハブ空港。巨大な空港。
ここから、カーディフ行きの飛行機に乗った。

乗るまでが大変だった・・・

KLMでヨーロッパに行ったら着く空港が、スキポール。
ここから乗り換えた。
カーディフ行きの飛行機への搭乗口番号、
ちょっと首をかしげるような搭乗番号だった。

とにかくその番号への搭乗口へと行ってみる。
行ってみたのはいいのだが・・・

その搭乗口番号が書いてある所には、鉄の扉だけ・・・
たったひとり、異国の空港。
搭乗番号の前には、鉄の扉・・・ う〜ん困った・・・
しばし悩んだが、そこらを見ても、その扉しかない。

思い切ってその重い鉄の扉を開けてみた。
そっと扉を開けて、覗くと、鉄の階段。
薄暗い階段。下へ降りる階段。それだけ・・・
地下へと降りる鉄の階段。はて、どうするか・・・

扉を閉めて、しばしもう一度、搭乗番号をチェックする。
間違いない、この番号。
誰かに聞こうにも、誰もいない。

さてはて・・・海外旅行、ひとりの時、こんな時は悩む時だ。

う〜ん、としばらく悩んで、考えて・・・
思い切って、もう一度扉を開き、地下への階段を下る。
途中、やっぱ、違うじゃろ、と思って引き返す・・・が・・・

最後は、思い切って一気に階段を駆け降りる。

すると・・・ 薄暗いその先に、人がいる。
間違いない、ここが搭乗口なのだ。

数少ない海外旅行経験だが、こんな不思議な搭乗口は、ここだけ。

話しはそれるが、
ドイツ、フランクフルトからチェコへの飛行搭乗口も、
かなり?な搭乗口だった・・・
ロシア、サンクトペテルブルグの搭乗口も、不思議な部類に入るかも。

さてさて、
心細い思いはしたが、無事、カーディフへの飛行機に乗る。
ただし、プロペラ飛行機。まるでインディ・ジョーンズの世界の飛行機。
中型の飛行機。プロペラがブルンブルンと回る飛行機。

プロペラ飛行機の場合、飛行高度がジェット機に比べると低い。
だらか、地上の様子はよく見える。
スキポールを飛び立ち、オランダのチューリップ畑が、眼下に広がる。

ドーバー海峡を渡ったのもよく見える。
搭乗した日は、快晴の日。
だから、海の様子がよく見える。

しばらくすると、イギリス本土の上空に差し掛かかる。
ヨーロッパ本土とイギリスと、こんなに近いんだと思う。
第2次世界大戦、ロンドン空襲・・・
ドイツからロンドン、こんな距離感だったんだね、と思う。

しばらくして、大きな街が見える。たぶん、ロンドン。
そこを横切り、プロペラ機はイギリスを西へ西へと飛ぶ。
プロペラ機だから、飛行速度はゆっくり。

飛行場が見える。
たぶんブリスベン。
大きな川を渡る。川を渡ったら、ウェールズだ。

遠くに飛行場が見える。
そこがカーディフ空港。

入国管理事務所。
ここから入国する日本人、たぶん、そんなにいない。
入国手続き、慣れないウェールズイングリッシュに四苦八苦して、
やっとの思いで書類を書き、入国できた。

やれやれ・・・

空港には、友だちのパパが迎えに来てくれていた。
パパの顔を見て、泣きそうになった・・・

ひとりで来たんだ! と思った。
ひとりで来たカーディフ。

数回行ったが、この心細い経験以外、
いい思い出しかない。

ここで、なでしこ、次はブラジルと戦う。

カーディフは、日本企業もあって、親日家も多いと聞いている。
わたしが数回行った中での乏しい経験だけれども・・・
日本びいきの人、多い。

そんなカーディフで、なでしこ、がんばって欲しい。

さてさて、次は、4日の午前1時だってよ!
観るからね! 

☆写真、全然関係ない、ハワイで食べたランチの写真。
 カーディフに行ったころ、あの頃は、デジカメじゃなくて・・・
 だから、データとして残ってないの、写真が・・・


水浴び

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海外を旅行していると、
なんだろう?って思うものに遭遇することがある。

タイやマレーシアで遭遇したもの、
それは、トイレなどの横にある、大きなかめ。

ホテルとか、レストランとか、ほとんどは洋式のトイレだったが、
たまに、郊外とか、地方とかに行くと、見かけた、大きなかめ。

どのくらいの大きさかというと、
小さなものだと腰ぐらいの高さのかめ、
大きなものだと胸ぐらいの高さぐらいのかめ。

かめの形は、梅干しとか、味噌とかを仕込むような形。
色は、ほとんどは、茶色だったような気がする。

プラスチックの「ひしゃく」のようなもの、
または、洗面器の小さいのが、必ずセットで置いてあった。

中には、水がたくさん溜まっていた。
トイレを流す水かな?なんて思いもしたが、
水洗トイレの横に、あるから、そうじゃないよね・・・

何かな?と、現地の人に聞いてみると・・・

マレーシアでは、主に、お祈りの前に身体を清めるために、
水浴びをするらしい。
その時に、使う水をこの中に入れているという。

マレーシアは、イスラム教の国だから、
日に数回、人々はお祈りをする。
その前に、水浴びをするという。

なるほど〜、と思ったことがあった。

では、タイでは、どうして必要なの?
タイでは、ほとんどの人は仏教徒なのに?

タイで聞いたら、違った答えが出てきた。

なんでも暑いから、日に何回も水浴びをする、
そのための水だという。

水浴び!? でも、トイレだから、着替えるところがない。

大丈夫、大丈夫、服の上から水浴びするんだ、って答え。
へぇ〜、これにはびっくり。

タイの2月、一番暑い時期らしい。
一番涼しい時期かと思って行ったから、聞いてびっくり!
とにかく、暑かった。
体感温度では、40度は簡単に超えている気分だったが・・・

日中、道路の向こうは、かげろうで揺らいで見える。
地面から、ゆらゆら、ゆらゆら、あちらがゆらゆら見える。

とにかく暑くて、暑くて、たまらなかった。
人間干物になりそうなぐらい、暑かった。

そんな中、タイの人々は、水浴びを一日に何回もするらしい。
トイレに行ったついでに、水浴びをするらしい。
洋服の上から、ざばざば水をかけるらしい。

全身ずぶぬれだって、全然へっちゃら。
すぐに乾いちゃうから。

今まで、汗まみれだった身体も服も、これできれいさっぱり。
汗臭くもないし、身体や服が乾くときの気化熱で、身体は冷えるし、
いいことずくし。

ちなみに、タイシルクって高価なような気がするけれども、
現地で、人々が着るタイシルクは、そんなに高くない。
タイシルクの利点は、着ていて涼しく、すぐに乾いちゃうところ。
なるほど、暑い生活に根差した服なんだ、と納得。

お店やホテルなどは、寒いくらいにクーラーがきいていたけれども、
ローカルなレストランとか、お店には、クーラーがない。
もちろん、暑い。

でも、人々は、トイレのついでに水浴びをするから、
そんなに暑くないんだよ〜って、教えてくれた。

今、この夏の節電のことを考えている。
しかし、
この夏のことだけを考えるだけでは足りないのではないか、
そうも思いはじめている。

生活の根本を見直す、これをしなくちゃな〜って思う。
小手先の節電なんて、一時はそれでいいかもしれないけれども、
生活のずっと根っこの部分から、節電できるようなライフスタイル、
これを目指さなくてはいけないのかな、って思っている。

その時、ふと、南の国のトイレにあった、かめのことを思い出した。
一年中暑くて、クーラーのない生活。
昔からの知恵を生かして、涼しくなるようなスタイルで暮らす。

人々は、日に何度も水浴びをする。
全身濡れても、すぐに乾いちゃうような服を着る。
究極のエコスタイルなのかもしれない・・・
などなど、ちょっと考えたのでした。


・・・・・
タイのアユタヤに行った時のこと。

バンコクからアユタヤまで2時間以上、冷房もない列車に乗った。
切符代、今も忘れない、日本円にして45円。

アユタヤについて、ホテルを探しているとき、
暑くて、暑くて、熱く熱く身体がなってきた・・・

友だちが、ふたりとも熱中症になると騒ぎ出す。

民家の軒先にわたしを座らせて、とにかく、ここで待てと言うと、
荷物を全部置いて(バックパックの旅だったから)
いきなり、どこかへと走り去って行った。

軒先の影の中で待つこと10分あまり。
友だちが、手に2リットルのペットボトルを数本持って走って来る。
一本は、もう空けて、その中の水を飲みつつ、
頭から、ざばざば水をかけつつ。

わたしのところに来たら、
いきなり、その水を、ざば〜っと頭の上からかけた。
とにかく、冷やせ、冷やせ、と言う。

結局、買ったペットボトルの水を、たらふく飲んで、
それから、残りは全部頭からかけた。

気持ちのいいのなんのって・・・!

そうやった後、数分。
身体の熱さはしっかりと取れ、服も見る見る間に乾いた。

そんな暑い中での人々の暮らし、
水がめでの水浴びが、しっかりと根付いているんだと、
あと後気がつかされた。

・・・・・

エアーコンディショナー、やっぱり買い換えることにした。
全然電気使用量が違うみたいだから。
今、見積もりを取っているところ。
いくらになるのかな・・・

でも、今年の夏は、なるべく、水浴びをして、
涼しい服を着て、夏を乗り切ろうと思っている。

衣換えの時、タイシルクのスカートが出てきた。
今年の夏は、タイスタイルもいいかも、と思っている。

冬の冷たい雨

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先ほど、ブログを書いた。
正しくは、書いていた・・・ら・・・
突然、ウィンドウが閉じて、勝手にシャットダウン。

結構がんばって書いていたブログだったから、ガックリ・・・
って、大した内容じゃなかったんだけどね・・・

↑この卵焼き用の銅のフライパン、かなり前買ったフライパン。
オットが、絶対に銅のがいいなんて言うから、
高いのにぃ~買ったけれども、ひっついてしまって・・・
(写真は、その当時の写真)

それから、テフロンのを買ってあげたら、
もっぱらそちらで、オットは玉子焼きを焼く。
銅のフライパンに、根をあげた!?ってところかな・・・

簡単に、根をあげるなよ・・・なんて思うけど・・・

なんて書いていたら・・・
先ほどのブログのこと、だんだんと思いだしてきて、
今日は、フィットネスクラブもお休みだし、
もう一度書いてみるかなと思った。大した内容じゃないけど・・・

2004年イギリス・フランス0121_1











↑フランスのリールの街の駅の写真。
スゴイ写真に見えるけれども、街の規模はそんなに大きくない。

この街にどうしてくることになったかは、
再び書くのが、めんどくさくなっているので、スルーしちゃいます^^;

とにかくこの街に来た。
3月の中頃、小雨の日の夕暮れ、ひとりで・・・

次の日は、パリに向けて列車で移動する予定。
でも、
今晩泊るホテルもない。パリへの列車の切符もない。

まずは、ホテルからだ。
次の日のお昼には、パリのアパートの管理人さんと合う予定。
だから、リールは少なくとも9時ぐらい発の列車に乗らないと。

切符を買ったりするのにきっと手間取るから、
8時ぐらいには駅に行きたいから、駅近くのホテルを探す。

小雨で、寒くて、背中にはバックパックで、お腹もすいてきて、
それでもって、一番は、ひとりで、心細くて・・・もう泣きそう・・・
それでも、小雨は止まず、おまけに傘がない・・・

最低~って、叫びたい・・・気力もない。。。

駅前に、駅ビルのようなものを発見。(写真のビルではない)
表側は、ショッピングセンターみたいになっていた。
その横側に、ホテルの看板がある。

空き部屋があるかな~?と思いつつ、
それに、英語が通じるかな~?と思いつつ、
そのホテルの入り口に入る。

フロント、誰もいない・・・暗いし・・・気持ち、また、落ち込む。

呼び鈴を押して出てきたのは、インド系の女の人。
英語が通じてほっとする。
部屋はあるみたいだし、お値段もそこそこ。
やれやれとこのホテルに泊まることにする。

鍵をもらって部屋へ行く。
まあ、この状況で見つけた部屋にしては、いいかな?
バスタブがあるのがうれしい。

さっそく、重かったバックパックを置き、
ぬれ鼠のようになった服をタオルで拭き、やれやれ。
これで、今晩寝るところは確保できたが、
そう思うったら、次は、お腹が減ったことに気が付く。

レストランで、フランス語のメニューを見て、頼んで食べる元気、
もう残っていない・・・

元気を出して、駅ビルのショッピングセンターに行く。
洋服屋さんとかそんなお店やカフェはあるけど、
どこかに、テイクアウトの食べ物売っているところはないかな~。

と、運がいいことに、このビルの地下には、大きなスーパーがあった。
今考えると、たぶん、カルフールだったと思う。

ここで、まずは、ハーフボトルのワインを買って、
冷えたビールを買って、
へっへっへ^^; こんな状況でも、まずは、これを買わなくちゃねっ!

その後、おかずコーナーで、
ほかほかのローストチキンに、それに添える温野菜数種類、
それに、サラダもたっぷり買って、
ハムとパンと、オレンジジュースと、りんごとバナナも。

明日の朝の朝ごはん、
パンにハムとサラダをはさんでサンドイッチにするつもり。
ホテルでコーヒーを入れて、りんごもバナナもあれば、完璧。

ぐっと元気になってホテルに帰る。
まずは、バスタブに熱いお湯をはって、冷えた身体を温める。

その後は、ひとり宴会。
テレビは、勝手にフランス語の番組をやっているけれども、
もちろん、わたしには??? 
でも、音があるだけ、ちょっと元気になる。

ビールとワインと、それに買ったものを食べて、だいぶ元気になる。
外を見ると、まだ、冷たい雨は降っている。
レストランにごはんを食べに行かなくてよかったな、と思う。

元気をいっぱい取り戻して、ベッドでぐっすりと寝る。
あまり特技はないけれども、
どこでも、ぐっすり眠れるのが、わたしの特技かもしれない。

次の日、お寝坊しないように、目ざまし時計で目を覚ます。
雨は上がっていた。なんとなく、幸先いいんじゃない!?と^^
予定通り、8時過ぎには駅へと行く。

切符、やっぱり、なんだかんだんで、買うのに時間がかかった。
タリスという特急列車の指定席が買えて、ほっとする。

何番ホームなのか、これまた、わからない。
というか、そのうち発見したのだが・・・
列車が近くに来るまで、何番ホームに列車が着くのか、
わからないのである。これは、知らなかった・・・

パリに行きそうな人の後をついて行く。
無事、列車に乗り込む。
二人掛けの席向かい合わせ。テーブルがひとつある。

若い夫婦と2歳ぐらいの子供が、前の二つの席に座る。
少々狭そうだ・・・

列車が動き始めて、わたしの隣は誰も来ないことを確かめて、
前の若いお父さんに話しかける。

そちら3人では狭いでしょうから、お父さんはわたしの横に座る?
って、英語と身振り手振りで伝えたつもり。
お父さんがわたしの横に来たから、向かいの席はお母さんと子供。
ちょっとゆったり座れて、よかったなって思う。

列車は、フランスの田舎をパリへと走る。

さてさて、駅に着いたら、これまた、またまた、大変だ。
なんとかかんとか、レンタルアパートまでたどり着かなくてはならない。

あ~あ~、期待と不安と、不安と期待とを胸に、
ひとり旅は、それでも、それでも、楽しい。


☆なぜか、先日の雨の中を歩いていて、この時の状況を思い出した。
 寒くて、小雨で、そして、お腹が減っていたから?
 思い出したので、ちょっと書いてみた。

アイルランドのセーター

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昨日の衣替え。
プラスチックケースの中で眠っていたセーター。
ここ数年着ていない。
だから、処分対象なんだけれども・・・

このセーター、コットンとリネンのセーター。
買ったのは、アイルランドの名前も知らない田舎。

今から、15年以上前・・・

イギリスの西の発端からフェリーに乗り、アイルランドへと渡った。
着いた港、ロスレアという港。

アイルランドではイギリスのお金が使える、と聞いていたが・・・
使えない・・・(このときは、正直かなり焦った・・・)
なんとか銀行を探し、ほっ!っとした。

ほっと安心したとき、そこに果物屋さんが。思わず店に入る。
みかんっぽいオレンジを買った記憶がある。
そのオレンジ、甘かった記憶がある。

ロスレアから一路、首都ダブリンを目指し、運転。
途中、ジャガイモ畑の中の道を走る。

じゃがいも、袋に10キロぐらい入ったのが、
ところどころの道端に転がっていた。

FOR SALE! 
売り物、と書いた手書き看板の横に転がっていた。
その値段、信じられないくらいに安かった記憶が。

石を積み上げて作った、ちっちゃな家、
映画「ライアンの娘」で見たような風景が続く。

そんな景色を見ながらのドライブ中、ふと気になる看板を発見。

はっきり覚えてないが、
「手づくり村」とかそんな感じの看板。
気になり、車を停めて中に入ってみる。

モノづくりの人たちが数人、そこでモノを作っていた。

その中、手作りのセーターのお店を発見。
季節は、夏の8月。
コットンやリネンのセーターなどが並ぶ。
アイルランドは、アイリッシュリネンで有名なところ。

素敵な手編みのセーターを発見。
値段、安くはないけれども、決して高くもなかったような記憶が。

そこの人たちが、自分たちで一枚一枚手で編んでいると言う。
ていねいな作りと、糸の色の良さにひかれ、一枚購入した。

大好きで、ずっと着たけれども、何せ15年以上前のデザイン。
あの頃は、だぶだぶのセーターが流行りだった。
今の感覚とはかなり違うデザイン。

昨日、処分しようかな〜?と、しばし考えた。
とにかく、保留の箱へ移動することにしたが・・・

どうしても気になる。
一枚一枚手編みしたんだよね・・・
もう一度、手に取り広げてみる。ていねいな編み目。
あちこちじっくりと見てみる。

解こう! そう考えた。

手で編んだんだもの、その反対をすれば、解けるはず。
セーターから、元の糸に戻そう。
そうすれば、糸として使える。

糸になれば、織りに使える!

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袖を外し、襟を外し、肩や脇をほどき、そして糸にしていく。
昨日と今朝、がんばって解いた。

675gの糸が取れた。
今は、玉に巻いているけれども、カセにしてお湯に浸けて洗う。
すると、立派な糸になりそうだ。

糸になったセーター。
糸玉を見て、処分せずにがんばって糸にしてよかったと、思う。

この糸で何を織るかは未定。

フェリーに乗り、車を運転していったアイルランド。
道に迷ったり、宿が見つからなかったりと、大変なこともいっぱい、
けれども、親切にしてもらった思いもいっぱいのアイルランド。

そんな思いを糸に込めて、次は、ずっと使えるものを織りたい。
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