*青空食堂*

晴れても雨でも、おいしいものいっぱい。 そんな食堂「青空食堂」

そのほか

9月の空

9月、朝の風は涼しく、そして、ほっとするほど優しい。

・・・

8月の暑い日、義母が亡くなりました。
100歳でした。

家族が見守る中、
す〜っと息が止まりました。
静かな死でした。



9月の空は青い。
美しい澄み切った空に、白い雲がくっきり。

義母は、青い色の花が好きでした。
ずっと昔、ブルースターの花を贈ると、
大好きな色の花だと言っていたことを覚えています。

9月の青い空、どこかにいるような気がします。


・・・

義母が亡くなって、初めて気が付いた。
義母が100歳、わたしが還暦となると・・・
40歳、歳が違っていたってことを。

戦中・戦後、大変な時代を子育てしながら生きてきた義母。
それに対して、戦後、苦労もなく育ったわたし。

時代も、生き方も、価値観も、趣味も、世の中の見方も、
何もかも違っていた、と思う。

それでも、お嫁に来てから38年間、
喧嘩もせずに、やってきた。

もちろん、お互い、それぞれの思いはあった。
でも、お互いですよ。お互いさまです。

「お互いさまということで、いいですか?」と、
 青い空に向かって、聞いてみたい。










それなり以上にあるモノ

84歳になる母から電話。
いろいろ話す。

わたしの伯母、父の姉。
今は、施設にお世話になっている。
その伯母の家のマンションがずっと空家になっていた。

わたしたちが遊びに行くときもあったが、
ずっと空家でももったいないし、ということで、
中を片づけて、賃貸に出すことにした。

その片付けが、大変だったらしい。

伯父亡き後、伯母のひとり暮らし。
それでも、それなりのモノがあって・・・

伯母が施設に入った後、弟夫婦がかなりの片づけをした。
もう使わないと思われるものは、大処分してすっきり。
見た目は、モノのない使い勝手のいいマンションになっていた。

が・・・

母曰く、それでも、それなりに、いや、それ以上にモノがあったという。

伯母のマンションは、4LDKのマンション。
人口7万人の地方の市に立地するマンションだから、
少しばかり余裕のある広さ。収納もたっぷり。

このたっぷりが、曲者だった^^;

どの部屋も、家具はほとんどなく(しかし、クローゼットはある)
床にはモノもなく、すっきりとした暮らし。

しかしながら、各部屋にある、大き目のクローゼットが問題。
服はあるし、タオル類もあるし、布団は野球チームが泊まれるほどある。

キッチンには、ビタクラフトの鍋のフルセットもあり、
食器棚には、コーヒーカップセットも数セットあって・・・

もちろん、テレビ・洗濯機、冷蔵庫・電子レンジ・炊飯器・・・
などなど、普通の家にあるモノは、全部整っていて・・・

そうそう、げた箱から、びっくりするくらいの数の靴が出てきたらしい。

伯母は、着道楽の人だったから、洋服もデパートの一流品ばかり。
処分するのにためらうような服がザクザクだった、らしい。

夏場の片づけ、さすがに、84歳の母は手伝いには行かなかったが、
その荷物の一時置き場として、母の家の8畳間を使ったらしい。

で、その8畳間が、いっぱい!になったそうだ。

一見、すっきりと暮らしていたような家でも、
全部出すと、こんなにたくさんのモノがあるのかと、
母は、かなりのショックだったらしい。

それで、84歳の母が考えたのは、老前整理。
(わたしに言わせれば、後期高齢者の老中整理だけどねぇ・・・)

暑いから、秋になったら、少しずつ整理すると言う。
今は、クーラーが効く部屋の整理を少しずつしているらしい。

これ、他人ごとでは、ない・・・

我が家は、幸いにも、収納スペースが、たっぷりない。
といえども、それなりの収納スペースがある。

どちらかと言えば、収納は上手にできる方だから、
効率よく、ぴったり、ぎっしり、モノはある方だと思う。

昨日のブログではないが、
マンションサイズの小さな押入でも、出せばすごい量。

母の話し、そして、押入の片づけ・・・
こりゃ、わたしも、暇を見つけては、いや、暇がなくても、
少しずつ、還暦の老前整理をしなくてはならない。

☆広〜い家に住む友だちがうらやまし〜と思うときもあった。
 ダイニングリビングルーム以外に、8畳の部屋が6部屋ある家、
 そんな家に住む友だちを、うらやましいな〜って思っていた。
 その8畳の部屋には、1〜2間の押入やクローゼットが付いていて、
 モノの収納には困らない、と聞いていた。
 が、
 いったい、どんだけ〜モノがあるんだろうか・・・

 そういえば思い出した。
 この友だちの家、人が住める一軒家みたいな特大の倉庫もあった。
 そこにもモノがいっぱいあったよね・・・
 
 







72回目の朝

暑い夏が、8月が、原爆の日が近づくと思い出す話しです。

以前、このブログに書いたことです。
原爆の日の朝、広島から、同じ内容をお伝えします。

・・・

爆心地近くの原爆ドーム、
原爆前は、「産業奨励館」というモダンな建物でした。

そして、この付近、原爆前は、広島市一番の繁華街でした。
多くの人が住んでいました。

Sさんも、ここで生まれここで育ちました。

戦争中、まだ小学生だったSさん、学童疎開で田舎へと疎開しました。
8月6日、広島で何か大変なことが起こったという噂が届きました。

そして、終戦へと。

終戦になり、学童疎開していた子どもたちのところへと、
親が子供を迎えに来ました。
ひとり来て、ふたり来て、次々と子どもたちは親元へ帰りました。

Sさん、広島からの迎えの人が話すのを聞きました。
とにかく、普通じゃない大変な爆弾が落ちたということ。

8月の終わりになっても、Sさんは誰も迎えに来ませんでした。

そして、9月になって秋風が吹くころ、Sさんは子ども心に悟りました。
家族みんなが、あの爆弾で亡くなったんだということを・・・

わずか10歳の少年でした。

9月も半ば過ぎ、Sさんに迎えが来ました。
遠い親戚の人だったそうです。

う〜んと遠い昔の話しだけれども、
8月が終わって、ちょっと涼しい風の吹く9月の初めになると、
あの時の思いが、今でも、胸に迫ってくると。

ひとりになったんだ・・・と。

Sさんの話しぶりは、不思議なことに、怒りを伴わない話しです。
淡々と切なかった思いを静かに話されます。

10歳の男の子、ギャングエイジの男の子、いたずら盛りの男の子、
どんなにつらかったでしょうか。

また、その子を置いて一瞬のうちに亡くなった、ご両親、
どんな思いを残したのでしょうか。

8月6日が来ると、毎年思い出す話です。

ストレッチおじさん

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我が家のテレビ前。

ヨガマットは、たいていひきっぱなし。
すぐに、ごろんとストレッチができるように。

右の薄紫のは、ベルト。
身体の固いわたしは、これを足先に引っ掛けてのストレッチ。
ぐぅ〜んと引っ張って気持ちがいい。

白いのは、ウェーブリング。
これは、お尻の下にひいたりして、ゴロゴロ。
または、背骨を挟んでゴリゴリ。

黄色のボールは、空気が抜け気味のボール。
お尻の下に引いて、足を上げたり下げたりの、
こちらは、軽い腹筋運動。

まー、たいていの場合は、テレビを観つつの、
簡単なストレッチで、真剣にはしない。
むしろ、それがいいと思っている。

・・・

どこにもいるもんだなぁ〜って思う。

ストレッチおじさん!

以前行っていたフィットネスクラブに一人いた、ストレッチおじさん。
そして、今行っているフィットネスクラブにもいる、ストレッチおじさん。

二人は、ぜんぜんの別人なんだけど、共通点が多い。

まずは、すごく身体が柔らかいの。
それが、自慢で、自慢で、自慢なの、たぶん。

わたしがいつ行っても、ストレッチマットの上で、ストレッチ。
すごぉ〜く曲がるんだよ〜って、全開のストレッチ。

身体の固いわたしから見れば、もー、超ーうらやましい限り。

だが、そんなそぶりは、ひと固まりも、一粒たりとも、見せない。

なぜなら・・・

ストレッチおじさんは、ストレッチの指導をしたくてしたくて、
うずうずしているから、なのだ。

前フィットネスクラブでは、こちらが頼みもしないのに、
わたしを勝手に指導し始めた。

その時は、ていねいに、そして、きっぱりとお断りした。
わたしは、わたしのスタンスで、ペースでやりたいのだ。

今のストレッチおじさんは、人の身体を押すから、質が悪い。

この前、ひとり、おばちゃんが餌食となっていた。
今のところ、わたしは、「ノーサンキュー」オーラを全開しているからか、
まだ、関わってこない。

それにしても、わたしが1時間ほどのフィットネスクラブ滞在時間中、
ず〜っとストレッチしてる。

あれだけ体が柔らかいんだから、ストレッチの必要はそれ以上はないと思う。
それよか、筋トレでもしたら、いいんじゃないっ!?





長靴

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久しぶりのレインブーツ。

ヨガの先生が履いているのが素敵で、聞くと、クロックス。
へぇ〜、あのサンダルのクロックスの長靴!?

先生の長靴を履かせてもらった。
サイズと、フィット感がわかったから、
ネットで買うことにした。

検索すると、色により値段が違う・・・
茶が一番安かった・・・人気がないのかな?

なので、茶を選んだ! とても素敵な色!
3,000円から、それなりのおつりがくるぐらいの値段。

先日の雨の日、ヨガに行くのに履いて行った。
一体型成型なのか・・・よくわからないけど、
雨が全然しみ込んでこないから、安心して水たまりも歩ける。

軽いし、快適だし、安いし・・・これは、いい!

ちなみに、サイズは、
普段は23センチ、冬のブーツとかは23,5センチ、
これは、余裕の24センチを買った。
少々ぶかぶかだけど、する〜っと履けて、いい感じ。

・・・

60年前の昨日、わたしは生まれた。
生まれたのは、大分県の日田市。

今、大雨が降って大変なことになっている。

わたしが生まれる前、
日田で、大水害が起きたと、母が話していた。
調べると、昭和28年の水害だ。64年前のこと。

あの頃に比べると、護岸は整備され、ダムもでき、
水害に関する環境はだいぶ変わってはいるはずだが・・・

しかし、降り続く雨には、人間の手は、及ばない。

わたしを生んで育ててくれた街、
少しばかりの義援金を送ろうと思う。

日田、うきは、南小国、などなど、
オットの仕事でよく行く場所。
山と川の多い、風光明媚な場所で、大好きな場所。

ですが、その山、川が、大変なことになっているようです。
これ以上の被害が出ないことを祈ります。






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